応用物理学会
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2007年 第54回応用物理学関係連合講演会(青山学院大学)報告
総論 [PDF]一般セッションシンポジウム非晶質・微結晶
半導体プロセス・デバイス・回路のモデリングとシミュレーション

阪大 小田中 紳二
 本シンポジウムは,春季講演会期間中の3月27日に開催された.半導体モデリングとシミュレーションに関する関心と必要性の高まりを反映して,今回,13件を数える多数の発表からシンポジウムが企画され,大きく4つの研究テーマが参加者と共に熱心に議論することができた.

その第1は,超薄SiON膜特性や歪みを考慮した輸送特性に関する先端の研究や3次元SRAM構造の検討とともに,モデリングと測定評価との比較研究から歪み応答特性が議論された.NECからの発表では,フルバンドモンテカルロ法による輸送特性シミュレーションにおいて歪みの影響を取り込む解析がなされた.ルネサステクノロジーからの発表は,従来のプロセス・デバイスシミュレーションと共に,デバイス内の3次元応力分布を計算し歪みの影響を移動度モデルに取り込み解析が進められた.これらのモデルは,今後半導体モデリング分野においても,本格的なマルチ物理モデルを開発する必要性を示唆している.さらに,ルネサステクノロジーは4点曲げ実験を進め,応力を印加したときのトランジスタ特性評価との比較研究を進めている.モデリングと精密測定評価技術が相互に関連して,今後,新たな技術分野へと進展することが期待される.

第2には,SOIデバイスに関するモデリング,シミュレーション,設計技術が特集され,今回のシンポジウムの特徴の一つになっている.SOIにおけるS/D構造や薄膜化デバイスの移動度の検討が関西大学より発表された.また,自己発熱効果や薄膜下の不純物ばらつき効果に対して量子ドリフト-拡散モデルを基にしたシミュレーション解析が,東洋大学と富士通からそれぞれ発表された.SOIの実用化が進むに連れて,バルクCMOS構造だけでなく,より実践的なSOI構造のシミュレーション解析が進んでいる.ここでも,モデルが複合的に使われており,それぞれのモデルの整合性については今後さらに研究が深まっていくことが期待された.

第3は,輸送現象の基礎的考察がなされ,数学的及び物理的側面から構成された数値計算手法が大阪大学より発表された.一つは,物理量として系の自由エネルギーを評価し,非定常な量子ドリフト-拡散モデルの時間離散化に対して新しい適応型時間ステップアルゴリズムを構成することが提案された.もう一つは,物理量を直交多項式によって基底展開して,ポアソン方程式だけでなく,キャリアの非平衡輸送方程式を解く試みである.離散不純物などの効果を高精度に取り扱う可能性が追求されている.新しい物理モデルが展開されれば,新しい数値計算手法も必要になることが示唆された.

最後に,MOS構造における電子輸送現象を物理的にモデリングしていく試みが,富山県立大学,大阪大学,神戸大学よりなされた.散乱を考慮した非平衡グリーン関数法の薄膜MOSFETへの適用,量子補正MC手法とMOS内等価回路モデルとの比較研究,さらに絶縁膜を含むMOS構造の第一原理シミュレーションが発表された.これらの研究は端緒についたばかりであるが,今後の研究の深まりが期待できるものであった.

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2007年 第54回応用物理学関係連合講演会(青山学院大学)報告
新画像システム研究会企画:
「光・画像に基づく本人認証システムの展開」

東工大像情報 鈴木 裕之
新画像システム研究会では,これまでに光や画像の要素技術を情報セキュリティシステムへ応用するための議論を行ってきた.情報セキュリティの中でも様々なサービスを利用する際の本人認証は重要な研究課題の一つであるが,これまで光や画像の技術は現在の本人認証システムに多大なる影響を与えている.例えば生体認証においては,生体情報のセンシング技術や生体情報から特徴量を抽出する技術など光・画像の技術が必要不可欠であることは言うまでもなく,ホログラムや光学的暗号化手法など,本人認証システムに関わる課題を解決するための要素技術は多い.しかし,光学の分野で研究されている技術は現在のところ基礎技術の段階のものが多く,実用化するためには情報セキュリティの背景を理解した上でのシステム化が必要になる.そこで本研究会では,光学から端を発する要素技術を実用化へ結びつけるためのシステム化について議論する場を提供したいと考え,今回のシンポジウムを企画した.

シンポジウムの内容としては,生体認証の分野における第一人者でおられる産業技術大学院大学瀬戸洋一先生に生体認証の全体像をご講演いただき,また本人認証に関する最新の研究開発の紹介として,大学からは主に光学の要素技術に基づく生体認証の研究を中心に,企業からは実用化されている認証システムに関する発表を中心に,それぞれ大学5件,企業2件(3件の予定であったが1件取り消し)の講演が行われた.  最初の講演は,筆者によるイントロダクトリートークである.この講演では,新画像システム研究会の目指す方向性と今回のシンポジウムの位置づけを紹介し,要素技術とシステム化技術を融合することが実用的な技術の創造には重要であること述べた.発表の後半では,筆者らのグループで研究を行っている生体情報を利用した暗号化技術やキャンセラブル生体認証,オンラインでの生体認証技術について研究紹介を行った.

2件目の講演では,産業技術大学院大学瀬戸先生に「バイオメトリックセキュリティ認証技術の最新動向」という題目で,生体認証の基礎から最新技術,標準化動向など,生体認証全般に渡るご講演を頂いた.瀬戸先生が応用物理学会でご講演されるのは大変貴重であり,普段生体認証の一流の研究者のお話しを直接聞く機会が少ない人にとっては得るものが多かったのではないかと思う.

3件目は日立製作所高橋氏による「テンプレート保護型生体認証- 要素技術と認証プロトコルの提案」を予定していたが,社内の都合により講演を辞退された.

4件目は三菱電機佐野氏に「指内部の光透過率分布を用いた指紋認証装置」についてご講演いただいた.この講演で紹介された指紋認証装置は,大阪大学春名先生,近江先生の協力のもとOCT(Optical Coherent Tomography)の原理を応用した指内部の構造を画像化する技術を採用しており,乾燥している指などでも照合精度を落とすことなく本人認証を行うことができる.この本人認証システムは,光学に基づく要素技術と本人認証のシステム化技術が融合することで実現できたシステムの典型例と言える.

5件目は沖電気中村氏による「虹彩認証技術の最新動向」という題目で,虹彩認証の特徴や沖電気で開発された虹彩認証装置の基本原理を解説していただいた.特に自動的に目の位置を検出可能なシステムや携帯電話で利用可能なシステムなどは大変興味深いものであった.

6件目は神戸大学的場先生に「三次元ランダム位相物体を利用した認証システム」という題目でご講演いただいた.3次元の位相物体から得られるスペックルパターンを用いて認証を行うこの技術は,ホログラムなどの従来技術に比べパターンの複雑さや偽造の困難性が大幅に向上しており,今後の展開が大いに期待される.

7件目は徳島大学早崎先生に「歯科補綴物への情報記録による本人認証」という題目でご講演いただいた.この認証システムは,自然災害時における被害者の身元確認を行う際に歯科補綴物を利用するという斬新な発想と,フェムト秒レーザー加工を利用した情報記録技術とが融合して生まれたシステムであり,低コストで確実な本人確認が期待できる.

最後に千葉大学津村先生より,クロージングトークとして今回のシンポジウムを総括していだたいだ.

全体的な感想として,今回のシンポジウムではいくつかの光学技術を基にした本人認証システムの例をご紹介いただいたが,このようなシステム化に着眼したシンポジウムは例を見ず,各々の研究開発に対して新たな発想のヒントを与える良い機会になったのではないか.また普段あまり応用物理学会に参加される機会の少ない生体認証分野での一流の研究者に講演,議論をして頂いたという点でも大変有意義なシンポジウムであったと思う.

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2007年 第54回応用物理学関係連合講演会(青山学院大学)報告
次世代光ネットワーク実現へ向けた
光デバイス・コンポーネントの最近の進展

NECナノエレクトロニクス研究所 工藤 耕治
今回,光エレクトロニクス分科では,セキュアで高信頼の大容量ネットワークとしてNGNへの期待が高まる中,ネットワークを支える光デバイス・コンポーネント技術について,最新の状況を紹介頂き,光ネットワークの将来像を含めた討論を行うことを目的として,本シンポジウムを企画した.シンポジウムに先立ち,東京工業大学 名誉教授 末松安晴先生の応用物理学会 業績賞受賞記念講演があり,その影響もあって,会場は,ほぼ満席となる盛況ぶりであった.

シンポジウムは,まず北里大学の吉國裕三教授による「イントロダクトリートーク」で,2006年半ばに600万を超えた日本のFTTH加入の状況が示され,NTTが計画する2010年での3000万加入へ向けての順調な推移が紹介された.今後も継続的なネットワーク大容量化ニーズが期待できる.一方,ネットワークのコスト構造への考え方の変化について触れられ,従来のビット単価“¥/bit”だけでなく,運用コストに関係する消費電力“W/bit”や,導入コストに関係する機器の体積“cc/bit”が重要となってきており,より低消費電力で小型な光デバイス・コンポーネント実現への期待が述べられた.

続いて,NTT未来ねっと研究所の宮本裕氏により,基幹ネットワークの大容量化技術についての講演がなされた.光ファイバ一本あたりの総伝送容量が,本質的に光ファイバの許容入力パワーによって制限される点が指摘され,克服技術として (1)誤り訂正符号化技術,(2)分布ラマン光増幅中継技術,(3)新規の光変復調技術,が紹介された.そして,これらの技術を用いた最新の成果として一本の光ファイバで14Tbpsの大容量光増幅中継160km伝送が達成され,将来は,現在の10倍以上の総伝送容量10Tbps級の光ネットワーク実現も夢ではないとの展望が述べられた.

光デバイス・コンポーネントに関する講演では,まず富士通研究所の山本剛之氏により,半導体マッハ・ツェンダ光変調器(MZM)の現状が紹介された.半導体MZM開発の背景には,近年の光送受信モジュール小型化の流れの中で,従来用いられてきたLiNbO3(LN)を用いた数十mmの光変調器を,InP等の半導体を用いた数mmの光変調器へ置き換えようとする動きがある.種々の半導体MZMの特徴が解説され,Si材料を用いた最新の取り組みまで紹介されたが,結局,半導体MZMの最も大きな課題は,LN-MZMに比べて原理的に挿入損失が大きいことであり,今後の展開として,変調器単体としての開発・商用化ではなく,挿入損失特性が露わにならない“波長可変レーザとの集積”,即ち波長可変トランスミッタとしての開発・商用化への期待が述べられた.

筆者は,広帯域波長可変レーザの現状と今後の展望と題した発表を行った.これまで波長可変レーザの開発は,WDM光通信における固定波長光源の置き換え,すなわち光源品種の削減による棚卸しコストの低減を目指したものであったが,この用途向け開発が一段落している状況を説明し,新たな開発方向性として,(1)>10Gbps光変調器の集積化,(2)波長可変域として2バンド(C+Lバンド)カバー化,(3)低消費電力化,(4)波長切り替え速度の高速化,の4つを示した.

シンポジウム後半のセッションでは,まず,三菱電機の杉立厚志博士により,高密度・高集積化の進む光送受信器と題した発表がなされた.テレコム系とデータコム系の伝送レートが初めて一致した10Gbpsでは,市場拡大への期待から,複数メーカによる標準化,MSA(Multi Source Agreement)の動きが活発であり,300ピンMSA,Xenpak,X2,XPAC,XFPなど多くの規格が存在する.講演では,これらMSAの現況が概説され,課題として,急激なダウンサイジングにより,一部で必要機能の搭載が困難なレベルにまで至っていること,三菱電機では,一つの解決策として,新規格XFP-Eを提案しており,波長可変機能の搭載も可能である等,可能性が示された.

日立の中原宏治博士による「超高速通信用半導体レーザ」の講演は取り下げられた.

住友電工の中西裕美氏からは,FTTH用の一芯双方向モジュール技術が紹介された.アクセス系光通信を支えるモジュールでは,モジュール製造における低コスト化技術,即ち,加工コストと部品コストの低減が鍵となる.前者は,海外での製造展開や海外からの部品調達が進展してきているが,後者は,部品点数の削減が可能なモジュール構造・アッセンブリ設計が継続的課題である,と説明された.現在の一芯双方向モジュールの主流は,空間結合タイプの例えば同軸型Bi-Dとなっている.住友電工では,次のステップとして,送受信光素子を一つのパッケージに搭載した製品開発を進めており,従来に比べて部品点数の削減や,アッセンブリコスト削減が期待できるとのことである.

シンポジウム最後の講演は,古川電工の清水均博士による光通信用VCSEL関連デバイス・モジュールの紹介であった.850nm帯〜1550nm帯に亘るVCSEL開発の現状を,活性層材料,電流狭窄構造,反射ミラー,偏波制御等の様々な技術視点から概説し,今後の方向性として,単一横モードでの高出力化,偏波単一化を挙げられていた.未だ萌芽的な技術ではあるが,試みとしてフォトニック結晶技術の導入による高出力化や,傾斜基板上へデバイスを作製することによる異方性光学利得を用いた偏波制御などが解説された.  

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2007年 第54回応用物理学関係連合講演会(青山学院大学)報告
電磁メタマテリアル

理研 岡本 隆之
東工大 梶川 浩太郎
メタマテリアルは,人工的にデザインされた物質の微細な構造に由来する特異な機能を持つ物質の総称である.特に,マイクロ波や光の分野では,サブ波長構造をデザインすることにより誘電率εや透磁率μをコントロールできる.その結果,自然界には存在しない電磁気学的,光学的性質を実現することができる.その性質の1つに負屈折がある.負の屈折率はεおよびμが同時に負となる物質で生じる現象であり,それを示す物質は左手系メタマテリアルとも呼ばれている.左手系という言葉は,負屈折率媒質では電場,磁場,波数ベクトルの対応が逆転することに由来する.2000年ごろからマイクロ波帯における負の屈折現象の報告がなされて以来,多くの研究者の注目を集め,現在では赤外領域の光に対する負の屈折現象がいくつか報告されている.負の屈折率媒質を使えば収差や回折限界を持たない完全レンズができることも理論的に予測されており,新しい光学材料への応用面からも実現が期待される物質である.

シンポジウムでは,まず東北大の石原がメタマテリアルとはどのようなものかということについて述べ,負の屈折率媒質の実現を中心に,各種の特異な電磁気学的,光学的現象についてこれまでの研究のあらましと今後の研究の展望を示した.光学の教科書では通常μ=1として記述されているが,金属をたとえばコイル状のサブ波長構造とすれば,それにより生じる微小なインダクタとキャパシタ成分で同調回路が形成され,1以外のμの値を実現することができる.通常の媒質ではp-偏光でしか観測されないブリュースター現象(ある入射角度で反射率がゼロとなる現象)が,μ≠1の媒質ではs-偏光で観測されるようになる.京大の北野は,マイクロ波領域でこの現象の予想とその実験結果について述べた.理研の田中はs-偏光に対するブリュースター現象を例に可視および赤外学領域でのメタマテリアルの実現の可能性を実際の金属の光学定数をもとに計算シミュレーションし,その実現が可能であることを示した.また,微細構造の作成方法についても幾つかの提案を行った.

マイクロ波領域では応用を目指したメタマテリアルの研究が行われている.山口大の真田は,金属ワイヤーを組み合わせた左手系メタマテリアルについて述べ,計算機シミュレーション結果を示した.このメタマテリアルは,共振を利用しないため広帯域で低損失な伝送線を形成することができる.名工大の榊原は,左手系伝送線を利用したアンテナの高機能化について議論を行った.左手系伝送線では,電磁波の伝搬方向に対して位相が進むため通常の右手系電送線路と逆の動作をする.これらを組み合わせることにより,広い角度にわたり指向性をアクティブに変化可能なアレーアンテナが実現できる.このアンテナの設計およびその特性の確認について述べられた.京都工繊大の上田は,誘電体を用いた左手系メタマテリアルについて述べ,計算機シミュレーションおよび実験結果を紹介した.多くのメタマテリアルでは,金属を材料として微細構造を作成する.一方で誘電体の共振器構造を利用したメタマテリアルの提案もなされており,低損失化が期待される.また,共振器構造の配列における位置精度の要求が緩いという利点がある.

近年注目を集めているテラヘルツ帯分光技術はこの帯域でのメタマテリアルの研究に非常に適している.阪大の芦田は光伝導アンテナとフェムト秒レーザーとを組み合わせたテラヘルツ分光法について紹介した.この方法は電場を直接観測するため位相情報が検出できるという特徴がある.3桁以上の広帯域にわたって感度を持つ.奈良先端大の冨田は,磁気共鳴を利用したメタマテリアルについて講演を行った.ポリマーなどのマトリクス中に分散された磁性粒子に磁場を印加することにより生じる磁気共鳴を利用すればμの値を変えることが可能である.講演では,実効的なμ値が負になることを示し,この方法により左手系メタマテリアルが実現できる可能性を示した.

シンポジウムは130名以上の多くの方々に参加いただき,活発な質疑応答が行われた.この新しい分野への関心の高さが伺われる.マイクロ波領域でのメタマテリアルの研究は応用を目指した段階にある.一方,光領域におけるメタマテリアルの研究は始まったばかりである.マイクロ波領域での研究の蓄積を活かし,さらに新しい構造を提案することができるかが光領域におけるメタマテリアルの実現の鍵となる.そのためには,物理,応用物理や電子工学の研究者だけでなく,化学や材料科学,機械工学など様々な分野の研究者の密接な連携が必要である.それには,どのような魅力的な応用分野を拓くことができるかが鍵となるであろう.

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2007年 第54回応用物理学関係連合講演会(青山学院大学)報告
極高真空技術の科学と応用

学習院大物理 荒川 一郎
 極高真空技術は約10年前に発生・計測・利用技術に関する日本独自のプロジェクトとして大学を始め研究機関が系統的に取り組み,そこで得られた成果は真空工学・産業のみならず,ナノテクノロジーの基盤技術,原子・分子レベルでの表面・界面の物性研究,高エネルギー物理の研究まで応用され,今後より広い分野に一層の貢献が期待されている.本シンポジウムは,現在の極高真空技術の科学的基礎とその発生・計測技術,さらに極高真空環境の応用分野を概観し,今後の発展に貢献することを目的として日本真空協会研究部会により企画され,3月27日に開催された.

イントロダクトリートーク(荒川一郎,学習院大理)では,この20年ほどの極高真空技術の歩みを,発生,計測,容器材料の三つの視点から概観し,その要点をまとめた.また極高真空用ポンプとしての活躍が期待されているクライオポンプについて,水素の物理吸着の基礎研究の観点から,その問題点等を指摘した.

沈国華氏((株)アルバック)は「極高真空スパッタイオンポンプとその応用」と題して,極高真空領域での使用を意識した上で,スパッタイオンポンプの原理に立ち返って,使用上の留意点,具体的な動作方法などを報告した.ポンプの均一なベーキングと,可能な限り汚さないように使うことが要点であると指摘した.

石川雄一氏(横浜国大)の講演「極高真空用材料」では,種々ある極高真空用材料の内ステンレス鋼を例として,水素の脱ガス過程,放出ガス量の絶対値,種々の表面処理や予備ベーキングによるガス放出過程の変化などを,水素原子の固体内拡散,再結合過程などの素過程を捉えることにより解説した.

渡辺文夫氏(真空実験室)は「極高真空残留ガス分析計」と題して,極高真空計測における障害として,電子励起脱離イオン及び中性分子,熱的ガス放出の二点を指摘し解説した.氏の開発した四重極質量分析計の要となっている二つの工夫,すなわち,グリッドの高温動作とBeCu筐体による測定子全体の低温動作の効果を上記の問題と絡めて報告した.

シンポジウムの後半は極高真空環境の応用分野について3件の報告が行われた.都合により当初の講演順序を変更して,まず大島忠平氏と石川剛氏(早大理工)により「パーマロイ容器と極高真空電子顕微鏡」が報告された.電子顕微鏡への応用を目指し,高い輝度と空間コヒーレンスが期待できる単原子電界放出電子源の開発の紹介があった.電子電流の安定性を目指すには極高真空環境下の動作が不可欠であること,また磁気シールドを目的としたパーマロイ製の極高真空真空容器の開発の現状について報告された.

中西彊氏(名大物理)は「スピン偏極電子ビーム源と極高真空技術」を報告した.スピン偏極電子は,GaAs結晶表面にCsを添加して負の電子親和力を実現し,円偏光レーザー励起により発生する.大電流の電子源では,残留気体の陽イオンによる電子源表面の破壊が深刻な問題で,より低い圧力での動作が必要とされていることを指摘した.既に10-10Paの動作環境は実現されているものの,それでもまだ十分ではなく,さらなる極高真空の実現が期待されていることが報告された.

最後に趙福来氏(さきがけ研究)により「極高真空電界放出電子源と韓国の極高真空技術」が報告された.実測データに基づいて,ナノメートルスケールの電子源表面の清浄度を保つための極高真空環境の重要性を指摘した.また,韓国の浦港加速器研究所で実用化されている,ステンレス鋼表面のクロム酸化膜処理の効果を紹介した.

来聴者は80名を越え,それぞれの発表で活発な質疑応答が交わされた.極高真空技術の現状を整理し,応用面からの要請を認識する上で意義のあるシンポジウムであったと言える.極高真空技術の科学と応用に新たな展望が開かれましたことをご講演の先生方ならびにご参加いただきました皆様に深く感謝申し上げます.

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2007年 第54回応用物理学関係連合講演会(青山学院大学)報告
半導体計測・評価技術
−最先端プロセスからの要求と局所プロービング技術の可能性

産総研 金山 敏彦
Selete 寺澤 恒男
半導体(Aシリコン)分科では,シンポジウム「半導体計測・評価技術」を開催した.このシンポジウムの目的は,基礎的な計測分野の研究者に改めて半導体技術に関心を持っていただき,半導体技術の研究者と共に新原理計測技術の可能性を議論することである.ナノレベルまで微細化が進む半導体集積回路の研究開発や生産の場で,計測技術はますます重要性を増している.今や,微細化と同時に新材料や新構造あるいは新プロセスの導入を進め,加えてデバイスの特性バラツキを抑制しなければならない.この要求に応えるには,微細なデバイス構造において必要な特性を的確に計測できる手法が不可欠で,オリジナルな計測技術や装置を速やかに実用化に結びつけることが求められている.

つくば半導体コンソーシアム(MIRAIやあすかなど,つくばで展開されている半導体R&Dプロジェクトの一元的運営組織)では,半導体計測・評価技術ネットワーク(M/C Net:Metrology/ Characterization Net)の名の下に,大学や公的研究機関などの研究者に半導体産業界から計測技術への課題を提示して,新しいアイディアの醸成と発展を促し,新原理計測技術の開発と実用化を促進する活動を始めている.今回のシンポジウムでは,M/C Netネットの一環として,半導体技術の研究開発の現場から開発の動向と必要な計測技術を紹介すると同時に,大学や公的研究機関からは,それに応えるシーズとして,局所的な材料物性を計測する技術を紹介していただいた.

初めに,金山(産総研)がイントロダクトリートークとしてM/C Netの趣旨を説明した後,池野(日立ハイテク)が国際半導体技術ロードマップ(ITRS)に基づいて半導体計測技術の動向と要求を報告した.続いて,シンポジウムの前半では,Seleteの研究者から,計測ニーズに関する3件の報告を行った.まず栄森が,先端トランジスタ技術の開発動向を紹介し,特性ばらつきのウインドウとその拡大の必要性,プロセスモニタ技術の重要性などを報告した.次に,寺澤が,次世代リソグラフィとして開発を進めているEUVリソグラフィの概要を説明した後,微細パターンの形状計測,多層膜反射マスクに対する平面度確保や多層膜構造の観察の重要性を述べた.最後に,小川が「多層配線プロセスと計測技術への要求−「信頼性物性」計測」と題して,配線材料や絶縁膜材料における欠陥や密着性の計測と可視化の必要性,信頼性を左右する要因追及と評価方法の開拓の必要性を主張した.

シンポジウムの後半では,技術シーズの報告として,まず保坂(群馬大)が,「半導体計測ためのSPM技術」と題し,AFMのデジタルプロービング技術と探針傾斜技術,SNOMの画像生成技術を紹介した.続いて,多田(産総研)は,紫外ラマン分光によるSiのひずみ計測の原理と可視光使用と比較した優位性を紹介し,ラマン散乱の偏光依存性や近接場光プローブを利用して光学的な回折限界を超える空間分解能でデバイス構造のひずみ分布を測定できることなどを示した.森(阪大)は,「TEMその場観察による物質極微プロセスの解析」と題して,TEM観察下でリアルタイムに物質挙動が追跡でき,例としてSiとBiの合金相形成の様相がサイズ効果を有することと,共晶温度の変化を直接観察した結果を紹介した.最後に,木塚(筑波大)は,「ナノメートル構造の塑性変形と破壊現象の原子直視観察」と題して,AFMをTEM観察下に置いて変形破壊挙動を直接観察する技術を紹介すると同時に,ナノメートル領域ではヤング率などの力学特性や電気特性がマイクロメートル領域と異なることを示した.森(阪大)の発表も含めて,TEM観察による原子レベルの動的挙動の映像化が興味を引いた.

今回のシンポジウムは,主催者の予測を超える140名近い方にご参加いただき,各講演で活発な議論が行なわれた.M/C NetはWeb(www.miraipj.jp/ja/TSC/mc/)を介して同様な情報交換を今後も続ける予定で,今回のシンポジウムと併せて,半導体関連計測・評価技術の新しい展開の契機になることを期待している.

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2007年 第54回応用物理学関係連合講演会(青山学院大学)報告
SiONからHigh-k絶縁膜の信頼性科学
−実用化に向けた最後の課題−

(株)東芝 LSI基盤技術ラボラトリー 村岡 浩一
第54回応用物理学関係連合講演会において,3月27日午後のシンポジウム「SiONからHigh-k絶縁膜の信頼性科学−実用化に向けた最後の課題−」で筆者が世話人代表を務めさせていただいたので,以下簡単にその報告を行う.

近年トランジスターの微細化に伴い,SiO2,SiON膜に代わる低リーク電流ゲート絶縁膜としてHigh-k絶縁膜が検討されており,ここ数年ではHf系絶縁膜に加えて更にリーク電流の低いLaAlO膜等のLa系絶縁膜が有望な材料として研究開発が進んでいる.しかしながら最も実用化に近いと言われるHfSiON膜においても多くの欠陥が膜中に内在しており,SiON膜とは異なる破壊・劣化挙動が観測されている.本シンポジウムではSiO2,SiON膜とHigh-k膜の比較を通じて実用化の足がかりを得ることを目的としている.

まず,近年着目されているLa2O3-Al2O3膜の局所電気的特性について名古屋大学の財満鎭明教授が講演を行った.SiO2膜のConductive-AFM評価結果と比較することで,La2O3-Al2O3膜では酸素欠損起因の浅い準位によるtrap-assisted-tunnelingが観測されることを示した.

続く6件はHf系絶縁膜に関する内容であり,初めに筑波大学の山部紀久夫教授がリーク電流と寿命分布に対するN添加効果ついて講演を行った.N添加で破壊寿命とリーク電流共に改善傾向であり,更にpoly-SiからTiN電極に変えることでN濃度依存性が見えなくなることから膜中酸素欠損の低減が示唆された.信頼性評価手法については(株)半導体先端テクノロジーズの犬宮誠治氏が極薄HfSiONゲート絶縁膜の破壊を基板電流(正孔電流)の増加で判定する新しい評価手法を報告した.

一方SiO2と比較したHfAlO及びHfSiON膜の信頼性モデル化について,MIRAIプロジェクトの岡田健治氏と(株)東芝の平野泉氏が講演を行った.岡田氏は,従来のSiO2劣化モデルの一つであるAnode-Hole-Injection (AHI)をベースとしたGenerated-Subordinate-Carrier-Injection (GSCI)モデルを提案.破壊に至る電子,正孔量は一定との実験結果を示し,本モデルの妥当性を示した.また平野氏はHfSiON膜中の初期欠陥がNBT劣化に及ぼす影響について詳細に調査し,バルク初期欠陥の影響が大きい点,更にその影響を除くことで温度依存性がSiO2とHfSiONで異なる点を見出し,界面劣化と相関があると結論づけた.

またメタル電極の影響について,NECシステムデバイス研究所の藤枝信次氏がHfSiONゲートスタックの信頼性に対するNi-silicide電極の影響について議論.Ni3Si電極では圧縮ストレスによる界面SiO2劣化で正孔捕獲が増加しNBT劣化を引き起こすモデルを提示した.更に実用化の現実的な議論として,(株)ルネサステクノロジの井上真雄氏はHfソースガス中のTi及びZr不純物の影響について調査し,これら不純物濃度が高温成膜で減少することを確認.高濃度になるほど寿命劣化が顕著に観測され,この理由として耐熱性劣化を予想.またHfSiON膜中には均一にキャリア捕獲サイトが存在し,この低減には膜中に約1%のF添加が効果的とのこと.

本シンポジウムでの活発な質疑応答を通じて複雑化するHigh-kゲート絶縁膜信頼性の分野を各種評価手法,破壊・劣化機構,実用化のそれぞれの視点で見直すことで,情報の多いSiO2,SiON膜からの科学的見地の積み重ねがHigh-k膜実用化への道標となることを期待したい.

本シンポジウムを企画・運営するにあたり,世話人である大阪大学の渡部平司教授,早稲田大学の山田啓作教授にご協力をいただきました.ここに謝意を表します.また,本シンポジウムにてご講演いただいた各研究機関,企業の方々にこの場を借りて厚く御礼申し上げます.

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2007年 第54回応用物理学関係連合講演会(青山学院大学)報告
多元化合物とナノテクノロジー

愛媛大学 白方 祥
千葉工業大学 脇田 和樹
本シンポジウムは多元系機能材料研究会の企画により,多元化合物によるナノ構造の最先端の研究を紹介した.特に,多元系材料ナノ構造作製技術の現状と課題の理解,ナノ構造による新たな物性の発現とその原理,および機能デバイス応用について議論することを目的とした.

まず,脇田(大阪府大)から趣旨が説明された.

吉田(阪大産研)は,第一原理に基づく多元系化合物の物理機構解明や物性予測,新機能物質や新規ナノ超構造の計算機ナノマテリアルデザイン手法について報告した.特に,半導体ナノスピンエレクトロニクスに関して,強磁性機構,キュリー温度の高精度予測,室温強磁性のマテリアルデザインを紹介した.

上原(産総研)はナノ粒子CuInS2の合成とその蛍光スペクトルについての最近の研究成果を報告した.特にCuGaS2との混晶化および異種半導体との複合化による吸収端および蛍光のブルーシフトやII-VI族半導体による被覆処理による蛍光量子効率の上昇などを紹介した.

佐藤(農工大)はMnPおよびGeナノウィスカーの自己組織化と成長機構について講演した.またこのナノウィスカーの室温までの強磁性的な磁化について紹介された.

豊田(電通大)は色素増感太陽電池の研究の一貫として,ナノ構造TiO2電極と増感剤であるCdSe量子ドットとの複合化を試み,光励起キャリアの発生と初期注入の評価および光電変換効率について講演した.

宮崎(東北大)らは高効率熱電発電材料の開発のために2種類以上のナノブロックを組み合わせたハイブリッド結晶の概念を提案した.酸化物系材料の探索結果として発見した新規な[Ca2CoO3]pCoO2ハイブリッド結晶について紹介した.

喜多(神戸大)らは「ナノエピタキシー」と呼ばれる独自の手法によるCdTe/CdMnTe量子細線の作製および量子細線に閉じ込められた励起子の発光偏光異方性や1次元並進運動を反映した温度依存性などについて講演した.また,量子細線内の1次元励起子の磁場による制御についても紹介した.

長谷川(阪大産研)らは温度に対して波長と出力の安定なLD用材料としてのTlGaInNAs系半導体の報告があった.量子構造内の組成,特にTlとNの制御について,基板面方位依存性の観点から詳細な紹介があった.

物集(産総研)は超高速動作,全光スイッチとしてのInGaAs/AlAsSb系量子井戸のサブバンド間遷移による光スイッチの開発について講演した.特に,相互拡散が大きく急峻なヘテロ界面が得られにくいInGaAs/AlAsSb系に対して考案された界面制御法は,急峻な界面制御の困難とされている多元化合物のヘテロ界面制御に新たな示唆を与えるものと期待される.

最後に坪井(新潟大)から本シンポジウムのまとめがあった.また,本年9月21日に開催される多元系機能材料研究会20周年記念講演会の紹介があった.

参加者は約60名ではあったが,活発な質疑応答が行われ,多元系化合物研究の将来指針の一助になる有意義なシンポジウムを開催することができた.最後にご多忙中,ご講演をお引き受けいただいた講演者および聴衆の皆様に深く感謝する.

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2007年 第54回応用物理学関係連合講演会(青山学院大学)報告
テラヘルツ波コンポーネンツ−基礎と応用展望

広大院先端物質 角屋 豊
近年テラヘルツ電磁波を用いた材料分光評価やイメージング,セキュリティー応用の研究が盛んになっている.種々の装置の機能・性能には光源や検出器に加えて,様々な光学部品が大きく関与する.また,部品そのものが高い機能性を有する場合もある.そこで,テラヘルツ電磁波技術研究会ではテラヘルツシステムを構成する種々の部品に焦点をあて,その基礎特性や応用との関わりに関する本シンポジウムを企画した.参加者は100名強であった.

テラヘルツ部品に関しては,従来から遠赤外光技術としての集積がある.そこで,最初に(独)情通機構の阪井清美氏による全般のレビューをお願いした.

シンポジウムの前半では金属を用いた機能性部品を取り上げた.大阪大・萩行正憲氏により,周期的開口を持つ金属板における表面プラズモン・ポラリトンの概説,特にテラヘルツ領域での特性と,その性質に起因する様々な透過特性や偏光回転などに関する研究が紹介された.つづいて東北大・小川雄一氏により,金属メッシュが持つテラヘルツ波透過特性,特に異常透過と呼ばれる透過ピークの中にある狭線幅のディップ,およびその応用の紹介があり,抗原抗体反応を利用した10 fmol感度のたんぱく質の同定など,応用上も重要な研究が紹介された.また,京都大・田中耕一郎氏からは,金属メッシュの誘電率・透磁率の同時決定法と,単純な金属メッシュが負の屈折率を示すという極めて興味深い実験結果が報告された.

後半では誘電体も含めた部品を取り上げた.まず(株)村田製作所・藤井氏より,レンズ等の材料としてテラヘルツ領域まで透過性のある高誘電体材料や,制御性・生産性に優れた金属ワイヤグリッドの製造方法に関する報告があった.今後のテラヘルツ技術の広がりを考えるとき,部品の生産性・コストは重要な課題である.また東北大・松浦氏からは中空ファイバーを用いたテラヘルツ波伝送の状況が報告された.フレキシブル導波路はテラヘルツシステムの応用範囲を広げる上でも重要であるが,可視・近赤外領域で有効な光ファイバーはテラヘルツ波伝送には適さない.しかし中空ファイバーを用いることで,10 dB/m以下の減衰での広帯域伝送や,波長依存性はあるものの2 dB/m以下の減衰での伝送も可能であることが報告され,テラヘルツ導波も十分に利用可能状況であることが示された.京都大・永井正也氏からはプリズムを用いる全反射分光技術に関するレビューとさまざまな物質系の分光に関する報告がなされた.最後に,信州大・宮丸文章氏からフォトニック結晶と金属フラクタルパターンのテラヘルツ特性に関する最近の進展が紹介された.金属フラクタル構造により,テラヘルツ帯でメタマテリアルが実現可能であることが紹介された.

シンポジウムを通じて,物理的に興味深く,あるいは応用上重要なテラヘルツコンポーネントの研究開発が着実に進展していることが示された.特に,金属メッシュフィルターやその異常透過などに関しては,古くから知られているものであるが,最近研究が盛んな表面プラズモンの立場から,その性質や機構が明確になってきている状況や,さらにはその応用展開が期待されることが明らかになった.一方で中空ファイバーによるテラヘルツ導波やフラクタル構造によるテラヘルツ波の制御など,従来無かったコンポーネントも実用に近づいていることなどが明らかになった.今後も,テラヘルツ技術においては,光源や検出器の研究開発に加えて,受動・機能性部品に関しても,さらなる展開が期待される  

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2007年 第54回応用物理学関係連合講演会(青山学院大学)報告
分光センシング技術の新たな活用と展開

東理大 石井 行弘
室工大 相津 佳永
農工大 大谷 幸利
光波センシング技術研究会では「分光センシング技術の新たな活用と展開」と題してシンポジウムを企画した.近年,分光センシング技術は空間領域,周波数/時間領域双方における利用・適用範囲の拡大,他の光学計測技術との融合,新規デバイスの開発,信号解析技術の進展などが相まって,興味あるさまざまな応用展開を見せている.本シンポジウムでは,これら分光センシングの技術,デバイス,応用例に焦点を当て,イントロダクトリートークと7件の招待講演により,現在の動向ならびに新たな活用と展開について概観した.

まず,東理大の石井からスペクトル半値幅20 nmを有する低コヒーレンスSLD光源と可動鏡を用いたマイケルソン干渉計により光源のスペクトルを測定するフーリエ分光法の基本原理について紹介があった.フーリエ分光法を基づき,インターフェログラムのフーリエ位相の波数kに対する差分値から光路差である表面形状が求まり,0,44 μmの段差形状の測定結果が報告された.

次に,慶應義塾大学の斎木氏から近接場光学顕微鏡(NSOM)によるナノ領域分光分析技術についての講演があり,反射モードNSOMの高感度化とNSOMによる蛍光相関分光(FCS)に関する最近の成果が紹介された.反射モードNSOMでは高分解能化と検出感度向上のトレードオフが克服されつつあること,また,NSOMプローブによる観測領域の大幅な制限により,高濃度溶液中でのFCS測定が実現できるようになったことなどが報告された.

東レリサーチセンターの熊沢氏からは,新しい工業材料分析技術として期待されるテラヘルツ分光への取り組みと測定例についての報告があった.近年の光源と検出技術の向上により,時間領域というコヒーレントな方式でテラヘルツ光の電場を直接測定できるようになったこと,応用例として結晶多形の判別や定量に有効であること,完全非破壊計測への発展が期待されることなどが紹介された.

農工大の大谷は,材料科学や生命工学など種々の分野で重要となっている各種偏光特性の波長依存性計測について報告した.従来の機械・電気的な偏光変調とは異なる新たなワンショット分光偏光変調器を開発したこと,ならびにそれを用いた分光複屈折イメージング,あらゆる偏光特性を表現できるミュラー行列の偏光計測の例などが紹介された.

香川大の石丸氏からは,生きたままの細胞の内部成分分布計測を目的とした,可変位相差型2次元分光計測技術についての報告があった.物体光内の位相シフト干渉法により得たインターフェログラムから分光情報を取得する手法により,対象の異なる深さ方向の焦点位置からの分光断層像を計測できること,光ピンセットによる対処物の回転を組み合わせることで,単一細胞計測への応用が可能なことなどが紹介された.

日本女子大の小舘氏からは,光通信分野の波長合分波器として用いられるアレイ導波路回折格子を用いた新規な方式の小型・高分解能な分光センサについての講演があった.研究初期の近赤外領域用センサに加え,可視域用センサの開発にも成功し,環境指標溶液の吸光度計測を行ったこと,高感度化を目指して新たにパラボラ形状の導波路を有するデバイスを考案し,最適設計を行ってきたことなどが紹介された.

農業環境技術研の井上氏は植生資源・生態系の計量における分光センシングの応用について報告した.この分野では可視域からマイクロ波にわたる広範な光・電磁波領域の様々な波長帯での反射・放射・散乱スペクトルが計測され,対象の生態学的・物理学的・生理学的特性の解明に役立っている.これらは植物群落から地球規模での植生量の分布評価,さらには温暖化や砂漠化の問題への取り組みに有効な手段と成り得ることが紹介された.

最後に室工大の相津から,分光学的情報に基づく皮膚の機能形態計測技術に関する最近の成果が紹介された.皮膚組織を平行層状構造に近似したモデリングに基づく吸収スペクトルのシミュレーション,多変量解析,ならびにこれらを活用した皮膚のメラニン・ヘモグロビン成分濃度イメージング,真皮内局在血液領域のトポグラフィックイメージング,バイオスペックル分光血流イメージング技術の発表があった.

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2007年 第54回応用物理学関係連合講演会(青山学院大学)報告
人材育成・男女共同参画委員会2007年春のシンポジウム
公的研究費を考える −人材育成と国際競争力の視点から−

早大 竹内 淳
本シンポジウムは3月28日午後1時から,150名以上もの聴衆を集めて開催された.尾浦憲治郎応物学会会長,小舘香椎子委員長の挨拶に続いて,四つの講演と,文部科学省と経済産業省の来賓挨拶,そしてパネル討論が行われた.

■「官の大学評価,民の大学評価」 清水建宇氏(朝日新聞)は,大学外に偏差値等に替わる指標を提供するために「大学ランキング」を創刊したと述べ,総合ランキングは作らず,一主題にも複数の指標がある等の客観性重視の評価を紹介した.一方,国の評価は,政策のつじつま合わせと納税者への説明のためのもので,各大学の自己点検での評価疲れや,総合科学技術会議の研究評価指標が少ないこと,21世紀COEの審査で不採択の理由を公表しないこと等を問題として挙げ,研究者の社会への発言の必要性を強調した.

■「日立製作所における女性活躍支援の取組み」 西岡佳津子氏は,少子高齢化のもとで女性の能力の発揮は経営戦略上重要であると述べ,女性の活躍支援を促す取り組みを紹介した.経営トップからのメッセージ発信やフォーラム・社内ホームページを利用した意識改革の取り組み等を紹介した.また,育児等の社内制度は,法の規定以上に充実してきたが,女性が最大限の力を発揮するには,管理職の意識改革などに継続的に取り組む必要があると述べた.

■「高等教育論の視点から」 塚原修一氏(教育政策研)は,高等教育の現状と課題について包括的に解説した.現状として大学進学率が50%を超えたこと,また18歳人口の大幅な減少(2010年には1992年の6割)を紹介した.バブル後の課題として,家庭と企業の教育支出の減少を挙げ,それを補うには高等教育への公的支出が不可欠だが,公的支出はOECD諸国の半分にすぎず不足していることを指摘した.将来像として,大学の機能別分化と経営戦略の明確化を挙げ,他にも様々な状況を浮き彫りにしてみせた.

■「第三期科学技術基本計画について」 総合科学技術会議議員の原山優子氏(東北大)は,第三期基本計画のポイントとして,科学技術人材の育成と強化,絶えざるイノベーションの創出,各種制度改革等の推進を紹介した.イノベーション創出総合戦略として,世界トップレベルの研究拠点の構築や人材育成の強化を挙げた.制度改革としては,外国人研究者を日本に惹きつける制度や女性研究者の勤務環境の整備(育児休業取得条件等の緩和や多様な勤務形態)を挙げた.

■「文部科学省の取り組み」 基盤政策課の北尾善信企画官は,今後さらに少子化が進む中で,「知」をめぐる大競争時代を迎えており,人材の質と量を確保する施策として「科学技術関係人材総合プラン2007」(H19年案1,644億円)を紹介した.これは,理数教育の充実や,若手・女性・外国人が活躍できる環境の形成,大学の人材育成機能の強化と産学連携による人材育成等の4つの柱から成り,初等教育から大学,社会人に至る総合的取り組みであることを紹介した.

■「経済産業省の取り組み」 研究開発課の安永裕幸課長は,イノベーション・プロセスの課題として,企業の短期的な利益重視の経営やサイエンスとエンジニアリングの交流の欠如,異分野間の技術融合の不足などを挙げ,特に深刻な人材不足の問題を挙げた.対策として,国家プロジェクトを技術を創る場だけでなく,研究人材や開発・応用人材を作る場とすることや,学会間連携の施策としてのアカデミック・ロードマップ策定活動を紹介した.

■パネル討論では,奥和田久美氏(文科省政策研)による司会のもと,5名のパネリストから,取り組みの紹介や問題提起がなされた.下村智子氏(文科省政策研)は,若手研究者に関する調査で,ポスドク数は増加しているのに大学の若手教員数の割合が低下しているデータや,ポスドクの1割が40代であるデータを示し,キャリアパスの多様化や人材の流動化の必要性を指摘した.島田純子氏(JST)は,JSTの男女共同参画への取り組みとして,各研究推進事業での女性研究者の採択率増加と選考委員への女性の登用,また,出産・育児・介護といったライフイベント時の支援について紹介した.筑本知子氏(超電導研)は,2003年の学協会連絡会アンケートから研究費関連の項目を抽出し,40歳を過ぎると男女差が拡大し,特に大学では研究費年額が100万円未満の女性研究者が多く,昇進にも格差があることを指摘した.根本香絵氏(NII)は,ヨーロッパの現状と比較して,人材育成を重点化した研究費の使用により真の国際競争力が生まれると提言した.竹内淳(早大)は,公的研究費を米国と定量的に比較し,日本では少数の大学に重点的に配分されており,研究大学の数を増やすべきであると提言した.続く質疑応答では,研究費をめぐる審査や評価,データの公表などを中心に活発な議論があった.

なお,本稿をまとめるにあたり御協力いただいた庄司一郎(中央大),筑本知子,奥和田久美,金田千穂子(富士通研),佐川みすず(日立),根本香絵,安田哲二(産総研)各委員に感謝致します.

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2007年 第54回応用物理学関係連合講演会(青山学院大学)報告
ナノエレクトロニクスの新展開
「特性ばらつき解明とナノデバイスインテグリティ」

東大生研 平本 俊郎
1. シンポジウムの背景と目的
大規模集積回路を構成するMOSトランジスタは性能向上と集積度向上のため急速に微細化されているが,微細化に伴い,トランジスタの特性ばらつきが増大の一途をたどっている.その結果,個々のトランジスタは正常に動作するものの,回路としては動作しない,あるいは回路の設計マージンが大幅に減少して製造歩留まりが著しく低下するなどの問題が引き起こされている.特性ばらつきの原因は多岐にわたっており,この問題を解決するには,個々の不純物原子の挙動からリソグラフィを含む半導体製造装置,回路設計技術に至るまで,広範で高度な技術と分野間の連携を必要としている.

平成18年度より,文科省科学研究費補助金特定領域研究「シリコンナノエレクトロニクスの新展開−ポストスケーリングテクノロジー −」(代表者:名古屋大学財満鎭明教授)が発足し,大学の教員が一丸となって,シリコンナノエレクトロニクスの研究を行っている.その重要テーマの一つが,特性ばらつき問題の克服である.本特定領域研究では,特性ばらつきの課題に対処するため「ナノデバイスインテグリティ」という新しい概念を提唱している.様々な製造条件,動作条件,回路条件においても,正常にトランジスタが動作するために,特性ばらつきの原因を定量的に究明し,その抑制策を提案することを目的としている.

本特定領域研究では,定期的に応用物理学会にてシンポジウムを企画することになっており,第1回目の今回は「特性ばらつき解明とナノデバイスインテグリティ」をテーマにシンポジウムを企画した.特性ばらつきの問題は,大学側でその物理現象を基礎から研究する必要があるだけでなく,産業界とも密接に連携して現場での問題をフィードバックし製造および設計の改善につなげていく必要がある.今回のシンポジウムでは,産業界からの4名を含む7名の講演者でプログラムを構成し,特性ばらつきについて真剣な議論を行った.当日は,大教室に約200名以上の聴衆を集め,問題意識の共有と対応策について有意義な議論が展開された.

2. シンポジウム講演内容
まず,本特定領域研究プロジェクトの代表者である名古屋大学の財満鎭明教授が,本シンポジウムの趣旨と特定領域研究の目的について講演し,本シンポジウムの位置づけを明確にした.

続いて,半導体理工学研究センター(STARC)社長の下東勝博氏がお忙しい中駆けつけてくださり,「DFMの展望」という題目で講演を行った.下東氏は,ナノメータCMOSには3つの壁があるとし,その一つがDFM (Design for Manufacturability)であるとした.DFMとは製品の製造性を最大にするための設計全般の活動と定義される.そのために設計と製造が協調して問題に対応できる新しいワークフローが必要であると強調するとともに,STARCで進行中のDFMへの取り組みについて紹介した.

次に,(株)半導体先端テクノロジーズ(Selete)の最上徹氏が,「NSI:デバイスサイドからのアプローチ」と題して講演を行った.Seleteでは,半導体MIRAIプロジェクトの一環として,特性ばらつきの問題にデバイスサイドから取り組む「ロバストトランジスタ技術」プログラムを平成18年度から行っている.最上氏は,電気特性ばらつきを引き起こすナノスケールのさまざまな物理パラメータ揺らぎを正確に評価することの重要性を強調し,ロバストトランジスタプログラムの成果の一端を紹介した.

次に,東京大学生産技術研究所の平本が,「ナノデバイスインテグリティと特性ばらつき対策」と題して講演した.特性ばらつきのうち,チップ間ばらつきについては,基板バイアス効果を利用した適応的制御が有効であるとした.一方,チップ内のランダムばらつきは,ロジック回路では平均化の効果により影響が低減されるものの,メモリでは影響が顕著に現れ,不純物ゆらぎに加えてLine Edge Roughness (LER)の影響が無視できなくなるとの見解を示した.

休憩を挟んで後半では,まず(株)ルネサステクノロジの増田弘生氏が,「ナノデバイスばらつき特性とモデリング」と題して講演を行った.増田氏は,豊富な特性ばらつきの実測データをもとに,ばらつきの分類の明確化と回路特性マージンを適正化する方法について述べた. NECエレクトロニクスの熊代成孝氏は,「特性ばらつきを考慮したLSI設計」と題して講演した.ばらつきの分類ごとに,その原因について明らかになっていることを示し,さらにそれぞれのばらつきの特徴に合わせた設計側での対応方法を明確に示した.その際,モデルやガードバンドの精度が十分に確保されていることが重要であると強調した.

最後に,東京工業大学の益一哉教授が,「ナノ配線インテグリティからのLSI性能評価と予測」と題して講演した.益教授の講演は今回のシンポジウムで唯一配線を対象にしている.回路の遅延や信頼度は配線で決まる場合が増えており,ナノ配線インテグリティという概念も極めて重要である.ナノ配線の性能指標を提案し,配線材料がカーボンナノチューブなど従来にない材料は方式に変わったときの最適配線技術を選択する手法について議論した.

3. 終わりに
特性ばらつきは,現在最もホットな話題の一つであり,デバイス,配線から回路設計まで網羅した今回のシンポジウムは大成功であった.特性ばらつきの問題は,シリコントランジスタの微細化限界を決定する要因になりうる.半導体産業がさらなる発展を遂げるために,今後は,各分野の研究者が協調して,ますます複雑化する特性ばらつきの問題に真剣に取り組む必要がある.

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2007年 第54回応用物理学関係連合講演会(青山学院大学)報告
「リフレッシュ理科教室」開催して10年が経過
−実施状況と抱える問題を考える−

国立長野高専 中澤 達夫
応用物理教育分科会が企画し毎年の学会で実施している恒例のシンポジウムで,今回は「リフレッシュ理科教室」をテーマに取り上げた.応用物理学会主催のリフレッシュ理科教室は,嚆矢となった九州支部第一回目の教室から10年が経過し,現在は全国各支部で開催されている.各地でこの教室が定着し活動が活発になった一方で,浮き彫りになってきた様々な問題点もあり,本シンポジウムでは約40名の参加者を得て討論が行われた.

初めに,応用物理学会尾浦会長の挨拶があり,リフレッシュ理科教室は学会活動の5本柱の一つとして重要であるとのご紹介があった.また,イントロダクトリートークで毛塚(東京工科大)は,分科会の立場からリフレッシュ理科教室開催の現状と様々な課題を示した.

各支部からの報告の皮切りは,リフレッシュ理科教室を最初に開催した九州支部の平松(福岡大)の講演であった. 10年前は科学技術創造立国の意識に基づいて学会内でも教育の重要性に関する認識が高まりつつあった時期で,「応用物理」誌に「教育の広場」欄が設けられた他,各支部や分科会にも社会貢献が求められるようになり「科学と生活のフェスティバル」などが開催された.この動きを継続定着させ,より効果的な催しとするためには小中学校の先生方との連携がカギであるとの考えから,教員向け講座と子供向け実験工作教室とを組み合わせた企画である「リフレッシュ理科教室」を実現させた.などの経緯が詳細に報告された.これまでの実践を踏まえ,充実した実施のためには予算の増額などの学会の支援や研究者の積極的な参加,各支部間等の学会内で実験テーマを共有することの重要性などが指摘され,さらに理工系の基幹学会間で連携組織を検討することが提言された.

藤田(佐賀大)は九州支部佐賀会場の取り組みを紹介した.教室の魅力を高めるための工夫として,テーマの選定を行う実行委員会に現場教員に参加してもらうことや,理科が得意でない教員の参加を促すためにも地域の教育委員会との連携努力が必要であり,ある程度権威付けされた修了証の発行などの有効性が述べられた.

関西支部2006年度の取り組み内容は,谷(阪大)から紹介された.会場とした地域の科学館および科学センターとの連携で,一般向けの広報などに効果的であったことや,他の取り組みにはない高校生対象のテーマを設けたことなどが紹介された.

岡島(中部大)は,東海支部の取り組みについて報告した.支部内で年度ごと統一テーマを決め,講師はすべて学会会員で担当していること,「科学実験と子供が好き」,「テーマに精通している」,「経験がある」などをキーワードにして適切な人材をお願いしていることなどが紹介された.特にユニークであったのは遠隔地での理科教室(出張リフレッシュ理科教室)の実践で,小さな学校では小学校全学年が参加することもあるのでテーマは統一のものだけでなく工夫を凝らしていることなどが披露され,着実に成果を挙げていることが分かった.

関東地区は他地区とは異なり支部が無いため,応用物理教育分科会が担当して毎年3会場で開催されている.この様子について鈴木(東海大)が報告し,教育委員会との連携が良好である科学未来館会場以外では小中学校教員の参加があまり多くない一方で,児童生徒の保護者の参加希望が増えていることなどが紹介された.

星宮(東北学院大)は東北支部の取り組みであるブロック組み立て式のロボットを使った講習の様子を報告した.今年度は指導者として企業エンジニアを依頼したことでより効果的な講座となったとのことであった.

最後に総合討論が行われ,理工系人材育成の効果的手段の一つとして今後も継続発展させていくために,他学会の取り組みも参考にし,連携を図っていくことや,財政の問題,テキストや指導ノウハウの保護継承と活用の方法等について活発な意見交換が行われた.

なお,「応用物理」誌2007年5月号の「教育の広場」欄(pp.527-537)に「2006年度リフレッシュ理科教室報告」が掲載されているので,ご参照いただきたい.

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2007年 第54回応用物理学関係連合講演会(青山学院大学)報告
シンポジウム
「ランダム系フォトエレクトロニクスのセレンディピティ」

北大工 田中 啓司
ある辞書によれば,serendipity とは「予期せぬ素晴らしい発見(をする能力)」とある.「ひらめき」或いは「ひらめく力」と言い換えても良いかもしれない.そのようなセレンディピティの例を,ランダム系物質の研究開発で指呼することは容易である.乱れた構造を同定することが難しく,固体物理としての研究手法が未だに確立していないからである.研究計画を立てづらい分野と言えるかもしれない.それゆえに,面白さがあるのだが.このような話題を集めた,単なる研究報告ではないシンポジウムを企画した.はじめに田中(北大)は,以上のような背景とセレンディピティの一例としてのPhillips の魔法数について述べ,まとめに代えてBray による解説1)を紹介した.その後の5つの講演は,どれも普段の研究発表では聞けない含蓄に富むものだった.

山田(松下)は,実用DVD-RAM材料となったGe-Sb-Te薄膜の発見に至った経緯を述べた.周知のように,相変化は70年ころにOvshinsky によって着想されたが,すばやく結晶化する材料を発見できず,80年ころには世界中の多くの機関が研究開発から撤退した.そのような状況下で,「結晶化が容易な組成を無理やりにアモルファス化させる」という逆転発想のもとに,一企業で材料研究が地道に続けられたのは素晴らしいとしか言いようがない.もっとも今から見ると,80年代の経済的ゆとりが背景としてあったようにも思うが...

轟(物材研)は,ファイバーフューズの高速動画撮影にまつわる苦労談を述べた.2) 講演は,魅力的な導入と動画をまじえた新進気鋭研究者らしいものだった.そのせいかT君には,一番面白かったようだ.「天の采配(偶然)と己の采配(能力と根気)が人の采配(好意的態度)を促した」というのも蓋し名言である.

中休みの後,松田(東京理科大)は産総研で続けられたアモルファスSi 太陽電池の研究開発について,アニメーションをまじえて分かりやすく説明した.種々の着想を一言でまとめるなら,「プラズマプロセスの診断と制御」ということである.「英国で発見され,米国で開発されたものが,なぜ欧米(たとえばドイツ)で商品化できなかったのか?」という質問への松田の答えは,「研究者の根気の違い」ということだった.流行を追うのが好きな研究者がいる一方で,粘り強く研究している人もいる.

平本(阪大)は,有機太陽電池の研究について述べた.有機素子といえば有機EL一色だった90年頃に,実用化からはほど遠いと考えられていた太陽電池の研究にあえて取り組んだ理由を「皆と違うことをやる」ことと述べた.そして,プレッシャーを感じつつ,ワクワクしながら徹底的に実験をして,その結果を勇気を持って発表したことが多数回の引用につながったと要約した

最後に谷岡(NHK)は,アモルファスSe超高感度撮像管の発明に至った30年来の小史を概説した.非注入型光伝導体での雪崩増倍を利用した撮像管である.「寝食を忘れてワクワクしながら実験をすることから,計算機シミュレーションを越えたbreakthroughが得られる」と述べた.一心不乱に実験して,得られた結果を鉛筆でグラフをプロットしていると,生き物(材料)と会話している気持ちになってくる.それらが,直感を育てるようだ.

私は以上5件の話を一教員として拝聴しながら,「セレンディピティを持った研究者はどのように育ったのか?」と考えてしまった.谷岡の「理科が好きだった」原因は何だろうか? コンピューターゲームに明け暮れる現代っ子に,セレンディピティは育つだろうか? また,最近の新進気鋭研究者には,化学を学んで応用物理で活躍しているchemical physicistが多いように感じる(私は,逆の例を知らない).今回の5人に共通するのは,それぞれの立場で根気よく実験することだったように思う.もちろん,根気よく実験しても失敗談で終わる研究も多いはずで,それには「意地と楽観(開き直り?)」2)しかないのだろう.それにしても,普段は聞けないこのような素晴らしい講演を,もっと多くの若手研究者に聞いてもらえなかったのは,全く残念なことだった.

1) R. Bray,「セレンディピティと発見の本質」固体物理,27 (1992) 163.
2) 轟 眞市,「セレンディピティの磨き方」工業材料,2〜4月号(2007).
http://www.geocities.jp/node5.html#link:serendipity

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2007年 第54回応用物理学関係連合講演会(青山学院大学)報告
プラズマフォトニクスの幕開けと展望

大阪大学大学院工学研究科 近藤 公伯
高エネルギー密度プラズマをコヒーレントに制御したり,規則性を維持した状態の過渡的プラズマを利用したりすることで,新たな光機能素子としてプラズマフォトニックデバイスの可能性が期待されている.

本シンポジウムでは,このようなプラズマフォトニクス研究について,関連する研究分野から講演者を招き,話を聞くと同時に,パネルディスカッションを行った.

はじめに,大阪大学大学院工学研究科の兒玉了祐氏より「プラズマフォトニクス研究−イントロダクション−」と題して,プラズマフォトニクス研究について,その背景や可能性等についてご説明いただいた.高強度レーザーパルスを金属のコーン形状ターゲットに打ち込んで,コーンの頂点に設けた細線(ワイヤ)に高エネルギーの高密度電子流を通す技術が紹介された.ワイヤを曲げたり,ワイヤ上に微粒子を置いたりすることで,様々な応用が可能であることが示された.

次に,「超高速プラズマ制御とプラズマを利用したパルス圧縮器の可能性」と題して,世話人である近藤が講演した.超短パルス高強度レーザーを利用すれば,THz程度のコヒーレントプラズマ波が励起され,現在14fsの白色光プローブを使って,そのダイナミックス観測を試みていることが示された.また回折格子状の密度分布を持つプラズマが発生できれば,プラズマ回折格子としてチャープパルスの圧縮に利用できる可能性があることが示された.ガス状のターゲット中にチャープ構造をもったプラズマ回折格子を作成する具体的方法も示された.

引き続き,「プラズマ回折光学素子の高強度レーザー制御の可能性」と題して,千葉大学工学部の尾松孝茂氏よりご講演いただいた.四光波混合による位相共役光の発生など,非線形光学素子を利用した様々な応用について説明があり,通常利用する非線形光学素子の応用としてプラズマが有効であることが示された.また,ピコ秒のNd:YVO4レーザーを用い,石英基板上に干渉縞状に高強度パルスを照射し,プラズマができたタイミングで第3のパルスを入射すれば,プラズマで生成された回折格子が光を回折する様子を観測できたことが報告された.本デモンストレーションにより,高出力レーザーを使ってプラズマ回折格子を書き,それが光を回折することが実験的に示された.

休憩を挟み「ウォームデンスマターを使ったプラズマフォトニクス」と題して電気通信大学レーザー新世代研究センターの米田仁紀氏よりご講演いただいた.高エネルギー密度状態の物質として,新たな物性を持つ固体−プラズマ中間体(ウォームデンスマター:WDM)が着目されているが,WDM基礎特性すなわち,その複素誘電率,状態方程式,金属の臨界点はデータベースが不十分であり,プラズマフォトニックデバイスと役立てるためにも,その基礎をおさえることが重要であることが示された.また,最近話題になっているX線自由電子レーザーや従来型レーザー励起X線レーザーを固体に集光すれば,従来は表面近傍でしか生成できなかったWDMをバルク状で生成することが可能になるので,照射される固体そのものに規則性を持たせておくだけでコヒーレントプラズマデバイスが実現できることが示された.

講演の最後として「レーザー駆動X線レーザーの開発とその応用」と題して日本原子力研究開発機構関西光科学研究所の河内哲哉氏よりお話をいただいた.高強度レーザーを利用したX線レーザー開発の現状が示された.また,X線レーザーの可干渉性と極短パルス性を利用して,強誘電体材料のチタン酸バリウムの時間的に揺らぐ結晶ドメイン構造の瞬間的な観測に成功したことが報告され,X線レーザーのプラズマフォトニクスへの応用に関して議論がなされた.

最後に「プラズマフォトニクスの可能性,新たな挑戦について」と題して,電気通信大学レーザー新世代研究センターの植田憲一氏,並びに東京大学生産技術研究所の黒田和男氏に加わっていただき,パネルディスカッションを行った.プラズマフォトニクス研究は高出力レーザーの応用としても,あるいは従来型の非線形光学研究のある意味での究極の姿としても興味深く,従来型のデバイスとは違った新たな側面を持っており大変期待される.例えば使い捨てのデバイスというようなセンスも含めて,豊かな発想で研究展開をすることが望まれることが話し合われた.

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2007年 第54回応用物理学関係連合講演会(青山学院大学)報告
応用物理学会シンポジウム報告
日本学術振興会第145委員会・第161委員会・第175委員会合同企画

「Siバルク結晶系太陽電池のイノベーション」

九州大学 柿本 浩一
東北大学 宇佐美 徳隆
東京工業大学 山田 明
日本学術振興会第145,161,175委員会の合同セッションを企画した結果,全部で9件の講演を行った.午前9時15分から午後5時20分までの1日開催し,参加者数は153名であった.第145委員会のトピックスとしては,不純物に関する研究結果に関して議論が深まったことが印象的である.特に,シリコン中の鉄の挙動に関して,従来シリコン中の鉄は格子間位置に存在していることが定説であった.しかし,新規の測定法によると置換位置に存在する場合もあるとの報告があり,これが高濃度に汚染したことが理由か未だ議論の最中である.また,ガリウム添加結晶の有用性やフォトルミネッセンスによる欠陥の高精度評価,さらには放射光やEBICを用いた評価結果等が報告されていた.

第161委員会のトピックスとして,太陽電池グレードのシリコン原料の製造方法として,亜鉛還元法,冶金法の2件の報告があった.亜鉛還元法は,還元,電解,塩化工程のサイクルからなり,副反応が生じない,ワンパスの反応率が高いという特徴がある.パイロットプラントでの実験では,重金属不純物が0.1ppm以下で6-7N程度の純度の原料が得られており,インゴット成長,太陽電池性能評価において,有望な結果が報告された.冶金手法では,スラグ処理,酸リーチング,凝固偏析などにより金属シリコンから不純物を除去する.複数の太陽電池メーカでの試験をクリアーし,産業レベルでの生産プラントが建設中であることが報告された.多結晶インゴットの成長に関して,複数の種結晶を利用したモデル成長により,成長過程における亜粒界形成機構の解明や,少数キャリア拡散長の制限要因として不純物・欠陥の効果の切り分けなどについての検討がなされた.

第175委員会は,太陽光発電システムの中でも太陽電池セル及びモジュール,システムを中心に活動を行っている.今回のシンポジウムでは,太陽電池を

設計する上でキャリア・ライフタイム(寿命)として一つのパラメータとして取り扱ってしまう現象を,電気的に活性な粒界・不活性な粒界,粒界に偏析した不純物,不純物の同定等々多くの観点から議論され,改めてSi材料が持つ奥深さを感じることができた.特に今回は,亜粒界と格子間Fe(議論があるところであるが置換位置Fe)の2つのキーワードが印象に残った.委員会としてのトピックスは,球状シリコン太陽電池の現状及びHIT太陽電池の高性能化が報告された.高品質な球状シリコンを得るためには,バルク結晶成長的な発想が必要であり,これは,第145,161委員会と接点が多い話題であった.また,HIT太陽電池の高性能化には,光閉じ込め構造とともにSi基板の表面処理技術ならびにパッシベーション技術が重要であることが指摘された.これは,まさに第175委員会が得意とするところである.

また,Si中の複合欠陥,新しいパッシベーション技術などの話題提供がなされた.このように,同じ太陽電池システムを目指しているが,それぞれ特徴を持って取り組んでいる委員会同士で議論・意見交換を行うことは,極めて有意義であると感じられたシンポジウムであった.

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2007年 第54回応用物理学関係連合講演会(青山学院大学)報告
応用物理学会シンポジウム報告
「実用化を目指す自己組織化膜技術」

産総研 石田 敬雄
東工大 中嶋 健
産総研 松田 直樹
日立基礎研 橋詰 富博
ナノテクノロジーの中でも有機分子・バイオ分子と表面科学をつなぐ自己組織化膜技術,いわゆるSAMという単分子膜・多層膜技術は注目を浴びてきていた.また,ここ数年で,様々な方面で実用を目指した研究発表も増えてきた.こういった背景を元に今回は表記のシンポジウムを「有機分子・バイオエレクトロニクス分科会」と「薄膜・表面物理分科会」の合同シンポジウムとして企画した.

まずは企画人の一人の産総研の石田が今回の企画の趣旨をイントロダクトリートークで述べ,自己組織化膜の概要について,東工大の藤平正道先生からの講演で,まず自己組織化膜の基礎と概要を説明していただいた.特に藤平先生の講演は,金と有機硫黄化合物の自己組織化膜が熊本大学の谷口功先生の発見で日本発の技術であることや,オリジナリティの重要性など非常に示唆に富むものであった.続いてナノパターニングについて東京理科大の松本睦良先生と早稲田大学の谷井至先生に講演をお願いした.松本先生はLBによる相分離,谷井先生はトップダウン的な電子線リソグラフィーに関する先端的な話であった.

基礎的な話から,午後は色素増感太陽電池,有機FETという実用的なデバイスに関連する話に入っていった.産総研の甲村先生,九州工大の早瀬先生から,色素増感太陽電池について,それぞれ有機系色素,Ru錯体色素に関するトピックスに関して講演を頂いた.この2人の先生の講演から,色素単分子膜の分子の違いで光電変換に関わる,キャリアの移動機構も異なることや,それに伴い,分子設計だけでなく,膜の自己組織化などに関する点で,変換効率の向上だけでなく,基礎的にもまだまだ解明すべきことが多いということを実感させられた.また有機FETに関する東北大の岩佐義宏先生の講演でも,自己組織化膜のゲート絶縁膜・有機膜界面の自己組織化膜の存在が移動度を向上させる話など如何に自己組織化膜の存在が有機FETにおいても重要なものかを実感させられた.

最後の3件はセンサー関係のトピックスで北陸先端大の三浦佳子先生,物質材料研究機構の宮原裕二先生,板倉明子先生に講演をお願いした.

三浦先生の講演では糖鎖を利用したバイオセンサーのすごさ,宮原先生の遺伝子トランジスタの解析力にはバイオセンシングの現在の技術力の高さと自己組織化膜のポテンシャルの高さを感じた.また板倉先生のカンチレバーセンサーはガスセンサーとしてのポテンシャルの高さを感じさせられた.

今回のシンポジウムを総括すると,改めて実用化を目指す研究が基礎研究の種としても重要であることを実感させられた.それは実用化を目指すためには明確な課題設定が必要で,その課題解決を目指すところに基礎研究の要素が隠れており,そこを極めることで実用化が加速されるだけでなく,かつ別の種も生まれる可能性も高いということである.また一番乗りというオリジナリティも重要であるが,その内容を改良する,進化させる過程で出てくる新しい成果も重要であるものだということを強く認識させられた.「筋のよい2番手」というと言葉が悪いが,こういった着実なアプローチが重要であることを再認識させられた.

今後は別のテーマにおいてもこのようなシンポジウムなどが多数開催され,基礎研究を如何に実用に繋げていくべきか,イノベーションの観点からもさらに様々なテーマ,関連分野で議論が進むことを望みたい.

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2007年 第54回応用物理学関係連合講演会(青山学院大学)報告
振動分光で探る生体機能のシグネチャー

大阪大学 井上 康志,藤田 克昌
本シンポジウムは,振動分光技術が生体の機能や応答の解明にいかに資することができるか,をテーマに企画された.赤外吸収,ラマン散乱等,分子振動を基本にした分光技術は,その分子の情報のみならず周囲の環境やその変化について情報を与え,生体機能を分子レベルで可視化できる技術として注目されている.本シンポジウムでは,最新の振動分光技術の開発動向からそれらを利用した生体情報の可視化,医療,診療応用に至る幅広い内容を集め,現在の振動分光技術のもつ可能性と将来の課題,及び展望について議論した.

シンポジウムは企画者の井上によるイントロダクトリートークから始まり,生体計測に必須となる高感度振動分光技術についての技術的背景を紹介した.つづいて,井上はナノメータースケールを対称とした振動分光技術について近接場ラマン顕微鏡を中心に最新の技術動向を紹介した.関学の尾崎氏は,高感度振動分光技術のキーテクノロジーのひとつである表面増強ラマン散乱検出技術について紹介し,そのポテンシャルの大きさを強調した.また,九州大の新留氏は金属ナノロッドの作製とその生体への導入およびその生体機能への影響について紹介し,振動分光技術を支えるプローブ技術の開発の重要性を述べた.ここまでで午前中のセッションが終了し,主に表面増強ラマン散乱を利用した高感度計測とそのポテンシャルについて議論された.

午後のセッションの前半は,主に治療,診断に向けた振動分光技術についての講演があった.まず,浜松医大の太田氏からラマン分光法を利用した胃ガン診断への試みについて紹介があり,ガン組織が固有のラマンスペクトル形状を示し,これをガン診断に利用できる可能性があることが示された.つづいて,京都府立医大の原田氏は,細胞内に導入した抗ガン剤の細胞内分布がラマン散乱を用いてプローブ無しで観察できることを示し,その結果から,抗ガン剤の効果を細胞種毎に評価できる可能性が出てきたと述べた.また,佐甲氏は,生体機能の可視化において従来の蛍光標識法に限界があることを示し,振動分光法等を用いた分子レベルの網羅的に生体観察技術が重要になっていることを述べた.

午後の後半のセッションでは,最近の振動分光技術の開発動向について紹介があった.まず,阪大の谷氏は,テラヘルツ帯での吸収分光・イメージング技術が成熟しつつあり,生体応用を目指した研究が多く展開されていることを紹介した.理研の佐藤氏は内視鏡技術を発展させた分光技術を紹介し,生体内において振動分光を治療・診断に応用できる可能性が出てきたことを示した.阪大の橋本氏は,コヒーレントアンチストークスラマン散乱を用いた高感度ラマン分光技術について紹介し,これらの技術開発を通してラマン分光技術のもつポテンシャルが今後ますます増大することを示した.

最後に,京都府立医大の高松氏が,現時点の振動分光のバイオ応用についてはまだまだ研究事例が少なく,特に分光スペクトルが生物,医学的にどのような意味をもっているかについて十分に議論されていない点を指摘し,まとめとした.シンポジウム当日は立ち見を含めて130名を超える参加者があり,最新の振動分光技術のポテンシャルについて多くの方に興味を持っていただいている様子が感じられた.

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2007年 第54回応用物理学関係連合講演会(青山学院大学)報告
衝撃応用

防衛大材料 松本 仁
衝撃研究は傷害事件,衝突事故,安全設計などの実務的な研究だけでなく,物質のダイナミックな応答の特徴を利用した材料創製手法および極限環境の創製手法として様々な物質科学的応用へと拡がる潜在的な可能性を有している.本シンポジウムではその衝撃研究の一端を明らかにするために多くの研究機関からの新規な試みに関しての講演がなされた.以下にそれらの概要を記す.

長寿研・科警研からは高齢化社会に向けての生活支援機器に起因する事故防止対策および介護ロボットとの接触事故に着目した研究であり,特に人体組織への影響を明らかにするための測定システムの構築,打撃実験,生体軟組織と緩衝材の影響について報告された.人体への衝撃的な負荷は傷害事件に関係し,その評価実験は裁判での判断を左右する社会的にきわめて重要な実務的研究であるが,それに加えて介護ロボットの登場により,安全安心を目ざした事故防止といった厚生福利的な要請からも今後いっそうの進展が望まれる.

また,衝撃力と痛みとの関係の定量化を目ざし,心理的な側面も融合させたテーマへと拡張したいとの思いが示された.長岡技科大からはガスレーザー励起時に発生する衝撃波について報告された.超音速ガス流中でのパルスグロー放電状態についてシャドウグラフにより詳細に評価した結果,阻害要因である衝撃波の発生を少なくし得る電極形状が見出された.

今後,レーザー励起への適応が図られる事を期待したい.名古屋大・東北大からはレーザーアブレーション時の力積について速度干渉計(VISAR)による高時間分解計測結果が示された.レーザーアブレーションは薄膜作製に有用な現象であることはよく知られているが,アブレーションの反作用によってターゲット物質は大きな力を受け,この力を利用した宇宙推進もまた考えられている.本報告はこの様なレーザー推進に関する基礎実験であり,今後の進展が望まれる.東芝からはレーザ衝撃を利用した表面硬化処理技術に関する総括的報告があった.航空機・自動車の部品,アルミ合金,電磁鋼板などへの適用が図られ,またプロセスのシミュレーションおよび弾塑性解析の結果が示され,信頼性のあるレーザ衝撃技術であることを確信させる講演であった.この技術はレーザピーニングと呼ばれ,様々な分野での応用が進展しつつあり,応力腐食割れ防止や高サイクル疲労対策に有益である.物材機構ではSUS304を使用した衝突実験を系統的に行い,高速衝突時のクレータと衝突体形状変化を明らかにした.高速衝突の変形機構および衝撃波伝播挙動などについて充分には理解されていないため本報告のような衝突変形実験は基礎的に重要であるが,さらに天体上の衝突クレータ形状の理解へとつながることを期待したい.

崇城大からは自己燃焼と衝撃成形を組み合わせた特異な手法が報告された.Ti,BN,Bの混合粉体に対して先ず自己伝播高温合成(SHS)法を適用し,発熱反応後にTiNとTiB2となった試料に爆薬を使って20GPaで水中衝撃成形を行なう方法である.反応および成形をほぼ同時に行なうことで緻密な複合材料が得られる.この手法は様々な試料系に適応可能であり,新材料創製に寄与するものと考えられる.今後の応用実験に期待したい.東京工科大・近畿大・防衛大からは衝撃処理により超伝導体微粒子の材質改善,そしてまた近畿大他からは同じく衝撃圧縮した超伝導体を用いた高感度磁気センサの開発について一連の特性評価結果が報告された.優れたセンサ感度は数GPaの衝撃処理が超伝導体の粒界組織に影響を及ぼしていることに起因すると考えられ,衝撃応用のモデルケースとして着目される.したがって,これに限らず,粒界が重要な役割を果たす現象の理解およびその応用に有益であり,衝撃圧縮処理した各種機能材料の特性評価が望まれる.長岡技科大極限センターからは特異な表面層を有する超微粒子の作製について報告された.パルス細線放電,つまり線爆を有機物蒸気雰囲気中で行なうことによって有機物被覆金属超微粒子が得られる.オレイン酸雰囲気中で銅細線を使用した場合,銅の超微粒子表面にオレイン酸銅が被覆され,これは化学的に安定であるため様々な用途が期待できる.

また,酸素雰囲気とすることで他の応用が図られ,NiFe2O4の様な複酸化物超微粒子の作製,酸素圧による粒径の制御も可能である.本手法による量産化の装置が開発されたことから超微粒子に関連する新たな応用展開が進展するであろう.物材機構からは厚膜コーティングのためのWarm Spray法に関する報告であった.粉末粒子の高速衝突による成膜現象について粒子速度と温度の依存性を実験的に明らかにし,また衝突界面での高速変形と温度上昇のシミュレーションを行ない,実験結果との比較検討がなされた.溶射コーティングに比べて本手法は低い温度でのコーティングであるため溶射法の欠点である雰囲気との反応および結晶粒の粗大化を改善できる.実用化を目ざした精力的な講演であった.高速衝突による変形破壊現象のような基礎的に重要な課題とも関連しており,さらなる実験的研究が切望される.

物質の衝撃現象はしばしば見られる現象であり,様々な状況で重要な役割を演じている興味深い動的応答現象である.そこでは特徴ある多様なプロセスがもたらされ,物質の応用の可能性を現出していると言える.本シンポジウムはその応用の一部ではあるが,衝撃現象を通して異分野間の融合および新たな応用の可能性を感じさせる.そして,物理,化学,生物,材料,機械工学,航空宇宙,建築,環境など様々な分野に関係し,各分野の進展においても衝撃現象の理解が重要であろうことを再認識する機会でもあった.分野をつなぐ新たな試みが実施されることを切望すると共に後日,これらを含むシンポジウムを実施したい.

衝撃関係テーマに新たに興味を持たれた方はぜひ本会の新領域グループに打診いただければ幸いです.

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2007年 第54回応用物理学関係連合講演会(青山学院大学)報告
エネルギー・環境研究会設立記念シンポジウム
「これからのエネルギー技術を考える」

東海大教養 内田 晴久
NECグループ 岸田 俊二
東海大工 木村 英樹
持続可能な社会の構築は,21世紀最大の人類の課題と考えられている.とりわけ「地球温暖化と資源枯渇からの脱却」が,持続可能性の実現には必須である.そのためには,画期的な省エネルギー・省資源技術と,エネルギー源を太陽(自然)エネルギーへ転換する技術が不可欠であると考えられる.

応用物理学会が保有する高度なナノ・材料・デバイス・技術等を有効に生かして,これらの困難な課題に正面から継続的に取り組んでいくために,2006年10月,応用物理学会内にエネルギー・環境研究会が設けられた.当研究会では,エネルギー・環境問題の大きな技術ブレークスルーを生み出す活動を,学会の内外の活動も有機的に結びつけながら効果的に育成・支援し,応用物理学会が持続可能性の達成に顕著な貢献を果たす一助にしたいと考えている.

今回のシンポジウムは,エネルギー・環境研究会の立ち上げを記念するとともに,これからのエネルギー利用のあり方を考える機会とした.どのような技術開発が必要なのか,応用物理学会が貢献できる役割とは何かを考えるために企画したものである.

当日は,シンポジウム開催に先立ち,応用物理学会の尾浦憲治郎会長より,エネルギー環境研究会発足に寄せて,「一つの専門領域にいると,全体が見えない」という指摘を受け,エネルギー・環境研究会に多くの分野の研究者が集まり,活性化されるよう,期待と激励の言葉が投げかけられた.

エネルギー・環境研究会の代表を務める内田晴久氏(東海大教養)より,「これからのエネルギー環境技術における応用物理学の役割」というテーマでの講演がなされた.この中で,環境を意識したデザイン(=エコデザイン)が今後ますます重要となること、応用物理学会のスケールメリットを生かすために,様々な分野からの研究者が集まり,積極的にエネルギー・環境問題の解決と持続可能な社会づくりに関わっていくべきであると呼びかけた.

次に,もったいない学会会長の石井吉徳氏は,「石油ピークは農業ピーク,そして文明ピークである」と題して,もったいない学会の意義とその目的を紹介し,量的には若干余裕がありそうなエネルギー資源に対して,質に関する議論が薄いことを問題点として挙げた.「地球は有限,自然にも限りがある」という真理を,多くの人々が理解していないことを指摘した.

坂田興氏(エネ総工研)からは,「新エネルギーに関する施策の動向」として,水素・燃料電池を中心に、その重要性と広がりについて、最近の技術開発動向と実用化における課題が紹介された.

一方,黒川浩助氏(東京農工大院)からは,「高効率太陽光発電技術の開発の現状と課題」というテーマの講演が行われ,これまでの太陽光発電普及に向けた動きと,NEDOによる太陽光発電ロードマップ「PV2030」について紹介があった.この中で,2030年には日本の電力10%=100GWを導入し,発電コストについても卸電力並の7円/kWhを目標としていることなどが説明された.

この太陽光発電や風力発電などから得られる太陽由来の電気エネルギーを一時的に貯蔵するには,高性能な蓄電池が必要となる.また,変換効率が高く,エネルギー回生が可能な電気モータは,エンジンに代わる次世代自動車の動力となるため,蓄電デバイスの開発は重要度を増す.そこで「電池・キャパシタの未来戦略」と題して,富士重工の澁谷秀樹氏からは,リチウムイオン電池および電気二重層キャパシタの動向から,開発段階にある新型蓄電デバイスまでの最新情報を提供していただいた.

総括として,吉川和輝氏(日経新聞社)より「応用物理学会への社会への期待」として,今回のシンポジウムを振り返った.これは科学者のみでは,偏った方向に議論が進むのではないかという懸念を取り払うため,ジャーナリストの立場からのコメントを受ける目的からである.この中で,太陽磁場流束による地球温暖化説の紹介や,エネルギー・環境問題と政治の関係などについても紹介がおこなわれた.最後に,シンポジウム講演者が集まり,来場者との間で活発な質疑が行われ、メタンやアルコールの有効性などについても議論をすべきであるなど,多くの意見が出された.
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