【お茶の水女子大学 小林功佳・北海道大学大学院 岡嶋孝治】

    第17回走査型プローブ顕微鏡特別研究会(ICSPM17)が,2009年12月10日から12日までの3日間にわたって伊豆熱川で開かれた.本研究会は,わが国における走査プローブ顕微鏡(SPM)研究の交流の場として,また新たに関連分野の仕事を開始する研究者への啓蒙の場として,SPM研究の初期から毎年継続して開催されてきた.今回の会議は国際コロキウムとしては17回目,以前から国内研究会として開かれていたものを含めると23回目にあたる.今回の参加者は165名(うち国外22名),発表件数は口頭発表31件とポスター発表79件を合わせて計110件であり,例年同様,新たな研究成果の発表と活発な議論が行われた.

    今回の会議では,海外からは5名,国内からは4名の招待講演者を招いて最新の研究を紹介していただいた.スタンフォード大のH. Manoharan氏は,原子操作の手法を用いて,ベリー位相を視覚化する内容の研究を紹介した.ベリー位相を検証する実験はこれまでにもあるが,幾何学的位相という定義そのままに原子を移動させることにより,波動関数の位相という物理学の基礎的・根本的な量が実在することを視覚的に示す,みごとな実験であった.ちょうど10年前にD. Eigler氏を本研究会に招いたときにも,当時,未発表であった量子蜃気楼(しんきろう)の研究をこの会議で初めて聞いて,大変印象に残った覚えがあるが,その量子蜃気楼の研究の第1著者であったManoharan氏が今回の会議でも興味深い研究を発表した.IBMのS. Loth氏は,表面上に吸着した磁性原子からなるナノ構造に,STM探針からスピン分極した電流を流して非弾性散乱を起こさせることにより,磁性ナノ構造のスピン状態を変化させる研究を話した.これは,スピン移行トルクの量子版といえる研究であり,古典系とは異なる量子系に特有の特徴が現れることを紹介した.

    溶液AFM計測に関しては,シンガポール・材料研究工学研究所のS. O’Shea氏が,固液界面の溶媒和力の温度依存性に関する成果と,固液界面の溶媒和力モデルを紹介した.バイオ関連の研究において,ハーバード大学のO. Sahin氏は,T型カンチレバーのねじれ高調波振動解析によるAFMイメージング技術を用いて,膜たんぱく質の高分解能弾性マッピング,DNAチップのハイブリダイゼーションの超低濃度検出について紹介した.また生細胞表面の局所構造の高分解能イメージングの結果についても紹介した.インペリアル・カレッジ・ロンドンのY. KorchevグループのA. Schevchuk氏は,イオン伝導顕微鏡(SICM)を用いた生細胞研究成果について紹介した.特に,細胞形状像の高分解能イメージング,局所圧力刺激,生細胞膜構造の時空間変化について紹介し,SICM技術を応用した多成分表面マイクロパターンについても紹介した.

    国内からは,阪大の田中裕行氏がDNAのグアニンがほかの塩基とは異なる電子状態をもつことを利用して,STMを用いてグアニン基のシークエンシングを行う研究を紹介した.広島大の奥田太一氏は,シンクロトロン放射光を利用したSTMによる化学種の同定を行う研究を紹介した.理研の河野行雄氏は,半導体二次元電子系のゲート効果を利用して電位分布を計測する方法,およびそれをテラヘルツ波と組み合わせた研究の紹介を行った.NTTの永瀬雅夫氏は,SiC上のグラフェンシートを計測するためのナノギャッププローブ,およびその局所導電性計測について紹介した.

    今回の会議でも,物理学の基礎からバイオまで幅広い分野の研究発表があり,SPMを用いた研究の広がりを感じさせる会議となった.それとともに,新たな計測技術の開発やSPM以外の測定方法と組み合わせた研究の発表など,SPMの応用範囲を広げる新たな試みも紹介された.また,招待講演者の多くが30代の研究者であることも今回の会議の特徴であり,今後もこの分野での若い世代の活躍が期待される.会議のプロシーディングは,2010年7月にJJAP特集号として出版されることになっている.また,第18回SPM国際コロキウムも2010年冬に開催される予定である.

    

    



応用物理(2009) Wb-0016


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