応用物理学会
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以下の記事は 応用物理 第72巻 第5号 639ページ に掲載されたものです。
応用物理学会託児施設に関するアンケート報告

−需要実態調査と設置に向けての課題−

応用物理学会 男女共同参画委員会
松尾 由賀利(理研)・阿山 みよし(宇都宮大)
為近 恵美(NTT)・近藤 高志(東大)
図1
図1 回答者の年齢内訳
図2 回答者の性別内訳
図3 回答者の子どもの人数
図4 回答者の職種内訳
1. まえがき
 2001年7月,応用物理学会において男女共同参画委員会1)が発足した.2001年9〜10月には,まず学会員の現状を知るために,全会員を対象としたアンケートを行った2).このアンケートの自由記述欄において,応用物理学会に望むことの一つとして学会託児室の設置希望が寄せられていた.2002年には男女共同参画学協会連絡会が発足したが,その設立に参加した32学協会中9学会ですでに学会託児室が実施されている.ここでいう学会託児室とは,おおむね開催校から会場の提供を受け,シッター会社から資格をもったプロのシッターさんを派遣してもらい会場敷地内に臨時に設営するイベント託児,または開催校に託児施設があればその一時利用を想定している.学会託児室はこの2〜3年急速に関心が高まってきている事柄であるが,その一方で企業研究者が6割を占める応用物理学会で本当に学会託児室の需要があるのか,当委員会でも議論の分かれるところであった.そこで委員会として実態調査を含めて検討を始めることとした.また,学会託児室を設置するとした場合,現実にどのくらいの費用,労力を必要とするのかを調査することは実現に向けて重要な点である.
 本稿は,応用物理学会託児室に関して行ったアンケートの結果と,すでに託児室を実施している学会のうち,1万人以上の会員をもつ大規模学会の実施例を検討することにより,応用物理学会の実態に沿った託児室の形態を探ることを目的とする.


2. アンケートの実施と結果
 アンケートは応用物理学会講演会会期中の託児室設置のニーズを探ることを目的として,2002年12月10日から2003年1月7日までの間,行われた.会員への全員メールと学会ホームページへの掲載で呼びかけ,各会員にホームページ上で回答していただくウェブアンケートとした.期間内に407件の回収総数のうち385件の有効回答数を得た.質問項目の詳細については,委員会のホームページ1) を参照されたい.また設問に際しては,2000年秋より学会託児室を実施している日本物理学会の託児室アンケートを参考にさせていただいた3).以下に本アンケートの回答に基づいた結果を示す.

2.1 回答者について
 まず回答者の内訳であるが,年齢,性別,子どもの数によらず,幅広い層からの回答が得られた(図1〜4).女性回答者の割合が,全会員数に対する女性会員の比率(5%程度と推定される)よりは大きかったが,男性会員からの回答も多く,関心をもつ会員は男女を問わず存在することがわかった.

図5 会期中の子どもの保育(複数回答)
2.2 学会会期中の託児の現状と需要
 次に子どものいる学会員の学会期間中における託児の現状について尋ねた.現在および過去において,8割近くが家族や親族に頼んでいるが,中にはあきらめた(8%),夫婦で参加し交替でみた(2%)などの回答もみられた(図5).託児室設置のニーズについては,子どものいる回答者のうち1/3が,託児室が設置されれば学会に参加しやすくなり,利用したい(機会があれば利用したい,を含む)と考えている(図6,7 ).利用しないという回答者も半数近くに上るが,後述するように自身は利用しないが,託児室は必要との認識を示される意見も多かったことを付記しておく.実際に預けたいとする子どもの数は2003年3月時点において,22家族32名(機会があれば,を合わせると83家族119名)に上り,利用希望日数は平均2日である(図8,9 ).また,将来託児室を必要とするかもしれない会員にも,利用の可能性の有無を尋ねたところ,半数近くが利用したい(機会があれば利用したい,を含む)と考えており(図10),利用希望者は今後とも増える可能性が高い.

図6 託児室があれば学会に参加しやすくなるか
図7 託児室があれば
利用したいか
図8 託児室利用を希望する
子どもの年齢
図9 託児室利用の希望日数
図10 将来必要になった場合,
託児室を利用したいか

図11 保育料の上限
2.3 学会託児室に希望する条件
 学会託児室が設置された場合に希望する条件についても調査した.利用料については,安い(749円/1hour以下)料金を望む回答も多いが(22%),回答者の半数以上が1000円/1hour前後という比較的高額の料金を許容範囲としている(図11).これは,どうしても必要な場合には多少高くても利用するしかない,という判断の現れであろうか.また設置を希望する大会は多岐にわたっており,設置するのであれば常設するのが望ましいと思われる(図12).その一方で,託児室運営のための活動を積極的に申し出てくださることのできる回答者は2%と少ない(図13).多少なら活動できるとする多くの方(43%)のご厚意は,別の形のボランティア(例えば,子どものための科学教室など)に生かしていただくというのも一考であろう.
図12 どのような大会での設置を希望するか
(複数回答)
図13 託児室運営への
参加の可否

図14 自由記述欄への回答
2.4 自由記述欄に寄せられた意見
 自由記述欄には計136件の回答が寄せられた(図14).うち賛成は条件付きなども含めて83件であった.ぜひ設置してほしい,自分自身は必要ないがあるとよいといった賛意が多く寄せられた.一方で,設営経費が会費に跳ね返ることへの疑念や子どもを連れて学会に行くことへの疑問などもみられた.今後,託児室設置を検討するにあたって,運営に関して参考になる意見,慎重論の方の懸念への配慮など,寄せられた意見を活用していくことが必要である.


3. 他学会での実施例
 応用物理学会は会員数約24,000人の大規模学会である.そこで,男女共同参画学協会連絡会に参加した32学協会中,学会託児室を設置している学会の中で,会員数が1万人以上の大きな規模をもつ4学会での実施例を分子生物学会託児室のホームページ4)を参考にしてまとめたのが表1である.なお,これらの学会については,回を経るごとに形態の変化していっているものもあり,形態や費用の参考例とお考えいただきたい.
 利用者人数,利用料金の設定にもよるが,利用者負担金とシッター会社への支払いの差額は,申し込み,設営などすべてシッター会社に委託した場合に約20万円,会員有志のボランティア支援がある場合に10万円程度であることが多い.この部分が学会に負担していただくことになる正味の負担金と考えてよい. ボランティア支援の内容は, 次の 4. の後半で記述するものである.また保険に関しては,通常シッター会社への委託料の中に含まれているが,学会によっては,さらに保険契約を重ねて行っている場合もある.

表1 学会託児室の実施例

日本物理学会a) 日本化学会b) 日本生化学会c) 分子生物学会d)
会員数 約20,000 約35,000 約10,000 約14,000
託児室設置年 2000秋 2001春 2001秋 2001冬
実施例 2001春
中央大学
2001春
甲南大学
2001秋
京都国際会館
2002冬
パシフィコ横浜
利用者数 12名
(4日開設)
10名
(3日開設)
延べ20名
(4日開設)
延べ45名
(4日開設)
利用料金
(h:60分)
600円/h/子供 600円/h/子供
2人目300円/h
有志カンパ67,000円
0.5〜1歳:800円/h
2〜3歳:600円/h
4歳〜:400円/h
0歳:800円/h
1歳〜:600円/h
学会負担金 120,000円 50,000円
(約25,000円繰越)
213,490円 379,350円
シッター費用 約220,000円
(レンタルベッド含)
約120,000円 264,100円 約535,250円
(人件費,玩具代含)
利用者負担金−
シッター会社支払
▲約120,000円 ▲約90,000円 ▲213,490円 ▲379,350円
学会支援 会場提供,HP/学会誌でアナウンス,シッター会社契約,保険契約,運営費用の一部負担 会場提供,学会誌アナウンス,運営費用の一部負担 会場提供(畳2室),利用申込受付,運営費用の一部負担 会場提供,HP/プログラムでアナウンス,シッター会社契約,運営費用の一部負担
ボランティア支援 世話人による利用受付,利用案内,シッター会社選定,打ち合わせ,会場設営確認 世話人による利用案内,受付,会場設営 託児室担当の年会組織委員,年会事務局
シッター会社 A社 B社 C社 D社
備考 会場設営と消耗品の調達は開催校と学会事務局 学会事務局が前面で,受付,シッター手配,会場設営を行うシステムに変更 申込受付は学会が大会のHP上で行い,利用者の情報をシッター会社に送る
会場設営など運営はすべてシッター会社に委託
申込受付と会場設営はシッター会社,特別の事情がない限り年会に託児室を設けることとする旨,2002年5月の評議員会にて承認,2003年度年会での設置も決定済み
現況のシステム ボランティア主導 学会事務局主導 シッター会社委託 年会が運営主体
a) http://www-nh.scphys.kyoto-u.ac.jp/JPSchildcare/
b) http://www.chem.sci.kobe-u.ac.jp/~nonose/index1.html
c) 生化学会に問い合わせ
d) 文献 4) 参照


4. 応用物理学会での託児施設設置に関する提言
 学会託児室は特定の受益者,すなわち,幼少期の子どもをもつ若手(特に女性)会員のみの問題ととらえられがちであるが,決して彼らだけの問題ではない.学会が託児室を設置することにより,幼少の子どもをもつ研究者技術者が学会に参加しやすくなれば,より多様な人材が参加することが可能になり,受け入れることができるようになるので,長い目でみれば学会の発展に寄与することになると期待される.学会託児室のみが唯一の答えではないが,一つの重要かつシンボリックな選択肢が示されることになろう.また学会として,社会に向けてこのような方向性を発信することは意義のあることと考える.
 また,利用者とシッター会社の間に入って,利用案内,利用受付,シッター会社との打ち合わせなど,託児室開設にはさまざまの雑務が派生する.その担い手は現在のところボランティア,学会事務局,シッター会社委託といくつかの形態があるが,長期的に考えるとボランティアに頼るのも,現在でも負担の重い学会事務局にさらなる負担をかけるのも問題が大きく,筆者らは生化学会方式が望ましい形態と考える.


5. むすび
 2001年秋の男女共同参画委員会アンケートで要望の多かった春秋講演会期間中の託児施設に関して,需要と実態の把握をするために行われた本アンケートであるが,1カ月足らずの間に多くの回答を得ることができた.託児室ができたら預けたいとする子どもの数が30名という予想以上の大きな数に上った(機会があれば預けたい,を合わせると119名).他学会における実績が,多い場合に1大会10名余,延べ人数にして40名余であることを考えると,かなり多い人数の希望者がいることがわかる.毎回の講演会にこれだけの数の子どもが訪れるとは考えにくいが,学会として真剣に取り組むべき需要が存在することが明らかになった.応用物理学会ではこのアンケート結果を受けて,来春から<試行>として,安全確保を第一に考え,託児室の設置を検討していくこととなった.その過程で,開催校,学会事務局に負担の少ない形態を検討していきたい.とはいえ,開催校に会場の確保,学会事務局に手続き関係など,いくばくかの負担をお願いすることになるのは否めない.会員の皆様,関係各位のご理解を賜りたくお願い申し上げる次第である.
 応用物理学会会長, 副会長, 理事会のご理解により, 全員アンケートとすることを承認していただいたことで,これだけのデータが得られたことを感謝したい. また, 本委員会の委員各位との議論を通じてアンケートおよび託児室についての意義深い議論ができたことに感謝の意を表したい.


文献
1) 応用物理学会HP:http://www.jsap.or.jp/
応用物理学会男女共同参画委員会HP:http://www.jsap.or.jp/activities/gender/
2) 渡辺美代子他:応用物理 71, 510 (2002).
3) 望月優子他:日本物理学会誌 56, 269 (2001).
4) 分子生物学会託児室HP:http://www.soc.nii.ac.jp/mbsj/babysitting/children.html
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