応用物理学会
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以下の記事は 応用物理 第74巻 第9号 1245-1246ページ に掲載されたものです。

男女共同参画 第4回シンポジウム

本気で取り組む男女共同参画
―ワーク・アンド・ライフ・バランスを考える―


応用物理学会男女共同参画委員会
春のシンポジウムWG
超電導研 筑本知子
キヤノン 田中一夫
東大工 近藤高志

 1999年6月に「男女共同参画社会基本法」(以下基本法)が施行されました.そもそもこの「男女共同参画」という言葉,政策のために作られた造語ということもあり,一般になじみがなく,非常にわかりにくいと感じている人が多いと思います.基本法の前文には「男女共同参画社会」は「男女が,互いにその人権を尊重しつつ,責任を分かち合い,性別にかかわりなく,その個性と能力を十分に発揮することができる社会」とありますが,その受け止め方は各人のもつ背景によって異なるのではないでしょうか.
 さて,応用物理学会は2万人以上の会員を有し,その所属・立場・年齢・性別・国籍・専門分野は多岐にわたります.2001年に本学会に男女共同参画委員会が設置されてからは,“男女”というキーワードにとらわれずに,この多様な人材を尊重し,能力が十分に発揮されるにはどうしたらよいのかを考えながら,活動を行ってきました.その一環として,春の学術講演会の際には,シンポジウムという形で,会員への情報提供と意見交換の場を設けてきました.第1回目こそ,「21世紀の技術者・研究者と男女共同参画」1)と男女共同参画を主軸に据えたものの,その後は,多様な人材を尊重し能力を発揮させるには,「評価」と「人材育成」が最重要課題であるという認識のもと,「多様化する技術者・研究者のスタイルと価値観−日本の技術競争力を強化する評価・制度とは−」(第2回)2),「科学技術立国で生きる人材−産・官・学における未来型人材育成−」(第3回)3)について取り上げてきました.また,秋にはインフォーマル・ミーティングを開催し,若手問題として,ポスドク問題を中心に議論を行ってきました4〜6).これらの意見交換を通じて,「求める社会の方向性」についてもう一度原点に戻って意見交換をする必要性を感じ,今回のシンポジウムでは,表題として「本気で取り組む男女共同参画」を掲げることにしました.このシンポジウムは,埼玉大学での第52回応用物理学関係連合講演会において,2005年3月30日午後に開催されました.
 今年は基本法が制定されて,ちょうど5年になります.基本法では,男女共同参画社会形成に向けた政府,地方自治体,事業所の責務についても定めており,それを受けた形で各所でさまざまな取り組みがなされてきています.そこで,プログラムの第1部では,応用物理学会に関連する産官学,各界における取り組みと現状・課題について,各講師にご紹介いただきました.第2部では,各講演者をパネリストに迎え,男女共同参画社会の実現において大きな課題の一つであるとわれわれが考える「ワーク・アンド・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)」の問題を主軸に据え,意見交換を行いました.
 シンポジウムは榊会長の「日本は昔から「滅私奉公」という言葉があり,それがねじ曲がった形で美意識として定着してしまった感がある.社会全体の職業観・人生観を改めて点検する必要がある」「ライフステージの中でもキャリア形成と家族への責任のプレッシャーが非常に高まる25〜35歳で,仕事と家族にどう折り合いをつけるかが最大の課題」という問題提起で始まりました.


 Sustainable(持続可能)な産業・経済社会を目指して

 まず,坂東眞理子氏(昭和女子大)から“世界の男女共同参画の動向”についてご紹介いただきました.直前まで訪問されていた米国ハーバード大学のサマーズ学長の発言をめぐる動きについて触れた後,米国は競争型・格差型の資本主義で差別を廃し,多様性を認めるとしながら,公的な支援システムが欠けているため,おのおのは自助努力で対応するしかなく,人材を使いつぶすことが多々見受けられていることを紹介.一方,欧州は有能な人材は無限に供給されるわけではないという考えのもと,健康な生活で次世代を育成しながら能力を発揮するというライン型,協働型資本主義であり,「sustainableな産業・経済社会」という観点から,より理想的であるという見方を示しました.また,日本はさまざまな施策により育児支援のインフラは充実しつつあるが,「職場の意識改革が課題」であり,残業・転勤などについても本当に必要なものか(慣習的に行っていないか)一つ一つ見直し,整理していくことも重要であることを指摘しました.


 大競争時代に対応する「新しい価値の創造」のための経営戦略

 國井秀子氏(リコー)によると,現在企業では生産や研究開発拠点を世界各国に拡大する一方で,海外の安い労働市場の台頭にITの発展が加わって,グローバル競争がますます激化している状況にあり,その中で「勝ち組」となるためには,「従来の固定観念にとらわれず,新たな企業価値を創造」することが必要であり,そのカギを握るのは「多様な人材の活用」であると考えているとのことです.当然,女性もその多様な人材の一つであり,人材ソースの確保という経営戦略の一つとして,男女共同参画をとらえている企業が多くなってきているそうです.
 また,最近では産休・育児休暇などの両立支援制度は整いつつあり,統計的にみても仕事を続ける女性は増えているものの,まだまだ女性の管理職が少ない状況にあることを示し,その背景には,成功したら「女性だから特別扱いだ」といわれ,失敗したら「女性だからダメだ」といわれるなど,周囲の意識の問題があることを指摘しました.一方,男性管理職の側から「どう指導してよいのか,わからない」という声もあり,これらの対策として,リコーでは2004年下期より,女性あるいはマイノリティーを対象としたメンタリング制度を導入したところだそうで,効果が期待されるところです.


 公立研究所では具体的数値目標をあげて取り組み

 産業技術総合研究所(産総研)理事の田中一宜氏は,産総研における男女共同参画への取り組みと現状について,さまざまな統計的データを示しつつ紹介しました.
 現状では,在職研究者に占める女性研究者の割合は依然5%程度と低く,特に在職級と年齢ともに高い層の割合が少ないことが示されました.2001年の産総研発足以来,女性職員の採用・登用拡大に力を入れてきており,職場保育所の開設など環境改善にも努力しているが,変革が効果を見せるには時間がかかるとのこと.特に採用に関しては,産総研に在籍するポスドクの女性比率が16〜17%であるのに対し,常勤職採用の比率は5〜10%であり,ここに採用側の意識改革など改善の余地があると指摘しました.一方,女性の登用に関しては,評価と昇級において,ここ数年の実績に男女格差は少なく,上位級と下位級の比率格差は解消の方向に向かっているとの見方が示されました.
 今後の取り組みに関して,採用比率の倍増や,出産や育児にかかわる期間分の在職延長など,さまざまな方策が考えられるが,「科学技術・社会のあるべき姿を考えて,そこから演繹的にこれらの問題がどうあるべきかを考える.これを,男女がともに考えていくことが,真の男女共同参画ではないか」という発言で講演を締めくくりました.


 ネガティブアクション(セクハラ)対策も重要

 一方,「大学における取り組み」については,大沢真理氏(東大社研)によると,いち早く取り組んだのは東北大(2001年1月)で,東大はやや遅れ2002年3月に男女共同参画検討WGを発足し,学生の意見公聴会,部局長ヒアリングを経て,2003年12月に基本計画を評議会決定したとのことです.とかく男女共同参画というのは,往々にして総論賛成,各論反対になりやすく,例えば女性教職員を増やすことには賛成でも,自分の研究室の採用となると別で,どこか他の組織が女性を採用するだろうと考えがちであるということ.その対策として,ウェブに部署別に横並びで男女共同参画進捗状況を掲載することにしたそうです.
 一方,ネガティブアクションであるセクハラが大学では大きな問題となっており,調査では東大女子学生・院生の40〜50%がセクハラ経験者という数字も出ているとのこと.大学は自治性が高い分,セクハラが潜みやすい環境といえるため,その対策が急務であることを強調するとともに,「女性に選ばれる大学になることが教育研究の充実,競争力の発揮につながる」とコメントされました.


 何が必要か具体的な提案を

 最後に,塩満典子氏(内閣府男女共同参画局)より「政府の取り組み」について,家庭生活と他の活動との両立という視点から,調査結果をもとに報告がありました.
 まず,女性研究者の割合が諸外国と比べ11.6%と少ないこと,さらに,教員では,役職が上がっていくに従い,女性の割合は下がっており,意志決定の場に女性が携わっていない現状が報告されました.この理由としては,家庭との両立が困難であること,また評価者の男性を優先する意識があることが,アンケートではあげられています.さらに,出産,育児後の復帰が難しいこと,特に男性の家事・育児に費やす時間が日本では30分に満たないという諸外国と比べ極端に少ない数字で,女性が子どもをもちながら働き続けることが非常に困難な現状にあることが報告されました.
 政府としては,家庭生活との両立のための環境整備など,出産,育児後の職場復帰支援策をいろいろ進めており,「研究者・技術者の方にもっと政策に興味をもっていただき,ニーズをどんどんあげてほしい」という要望を出されました.

 パネル討論
 「ワーク・アンド・ライフ・バランスを考える」


 はじめに,司会者がパネリストの皆さんに対して発した「ご自身のワーク・アンド・ライフ・バランスは?」という質問に対して,「とれていない」「ある時期で偏る時期があってもよいのでは」という返答.「自分のキャリアのestablish(確立)とライフ(子育て)のどちらを先にすべきか,といえば,establishを先にもってくるべきかも」「忙しいほうが生産性が高まる」「仕事で束縛されていない時間をどのように使うかが重要」というご意見もありました.フロアからは大学の現状として,「実験系の拘束時間の長さ」「人数規模が小さいので,休むと影響が大きい」という問題も出されました.やはり最大の課題は,20代後半〜30代のキャリア形成期の育児との両立問題のようです.このテーマについては,秋の講演会のインフォーマル・ミーティングにおいて,もう少し掘り下げて考えていきたいと思います.
 本稿をまとめるにあたり,議事録の作成にご協力いただいた,瀬山倫子,美濃島薫,福島理恵子,江崎ひろみ,中村淳各委員,会議当日の写真およびビデオ撮影にご協力いただきました清水賀代さん,庄司一郎委員,また当日ご協力いただいた男女共同参画委員ならびにサポーターの方々に感謝いたします.

1) 大橋良子 他:応用物理 71, 753 (2002).
2) 五明明子 他:応用物理 72, 931 (2003).
3) 福島理恵子 他:応用物理 73, 974 (2004).
4) 高井まどか 他:応用物理 72, 113 (2003).
5) 高井まどか 他:応用物理 73, 250 (2004).
6) 中村淳 他:応用物理 73, 1578 (2004).
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