応用物理学会
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以下の記事は 応用物理 第73巻 第7号 974-976ページ に掲載されたものです。
【報告】
男女共同参画第3回シンポジウム報告

科学技術立国で活きる人材の育成とは?
産・官・学のそれぞれの立場から

応用物理学会男女共同参画委員会春のシンポジウムWG
福島 理恵子・阿山 みよし・川原田 洋
堂免 恵・白石 正・近藤 高志
研究者・技術者がその能力を十分発揮できる環境の実現に向けて

 “男女共同参画委員会”といえば,“男女”というキーワードがあるにもかかわらず,歴史的経緯から女性研究者・技術者のための環境整備のためだけに存在していると思われる方も少なくないでしょう.応用物理学会の男女共同参画委員会の見解はこれと少し異なります.女性研究者・技術者の数が圧倒的に少ない現状,女性の能力活用に余地がある可能性が高い,という意味で,女性を対象とした試みが相対的に増えるのは致し方ない面がありますが,基本的には,男女を問わず,研究者・技術者の個々人がその能力を十分発揮することができる環境の整備を目標としています.

 このようなスタンスから,3月30日午後開催された第3回シンポジウムでは,欧米各国とのさまざまな規格制定や標準化,知的財産の権利主張,といったせめぎあいや,低人件費に加え,技術力向上が目覚ましいアジア諸国の猛追,といった産業のグローバル化の中で,今まさにパラダイムシフトを迎えつつある研究者・技術者の“人材育成”を取り上げました.前半は産・官・学の各分野より4名の講演者に,21世紀も日本が科学技術立国であり続けるための取り組みをこの観点から講演いただきました.後半は各分野の4名のパネリストを中心に,実体験を交えたパネルディスカッションを行いました.講演者の顔ぶれはもちろんのこと,テーマが時機にかなっていたこともあるでしょうか,シンポジウムには210名が参加され大変盛況でした.白熱した雰囲気を一部でもお伝えすべく,参加者に依頼したアンケートの集計結果とともに,概要を記載します.

 シンポジウムは,榊応物会長の「成果管理と育成の両立の困難さ」という問題提起から始まりました.引き続き,小舘応物男女共同参画委員会委員長から,他学会の男女共同参画委員会と共同で設立された「学協会連絡会」の創立1周年記念行事を中心に年間活動報告が,同近藤副委員長から,文部科学省生涯学習政策局の委託を受けて学協会連絡会が行った「男女共同参画に関する統一アンケート(04/04公開)」の進捗と,本講演会で初めて実現した託児室設置に関する報告がなされました.


国立大学の歴史上最大の改革,独立法人化で“知”の創造を促す


文部科学省顧問 遠山敦子氏
 そして,いよいよ本題です.まず,文部科学省顧問(元文部科学大臣)の遠山敦子氏(右図)が,21世紀日本が目指すべきポジションは「教育文化立国」と「科学技術創造立国」であるという国の認識とともに,このためには“知”の創造と“知”の活用が不可欠であることを述べられました.そして,“知”の創造の仕掛けとして氏が取り組まれた「国立大学の法人化(自主性・自立性の発揮)」や「21世紀COEプログラム(国際競争力の強化)」,「専門大学院制度の創設(プロフェッショナル養成)」,「産学官の連携の推進(知的財産,大学の社会貢献機能の重視)」を説明されました.一方,“知”の活用のあり方として,国民の興味を科学に向ける役目を担う「科学コミュニケーター」の育成や,女性が仕事を継続できる環境の整備,外国人の積極的登用,有能な研究者の年齢上限撤廃,といった人材活用策をあげられました.

 また,一流とされる研究者を対象としたアンケートによれば,自らの成長に効果的だったのは,(1) すべて任された,(2) 海外での武者修行,(3) 雑用からの解放,であり,このうちの (3) は,法人化によりマネジメントが専門化され解消されるだろう,という見通しを示されました.

 国の姿勢,施策が直接,かつ具体的に語られるという貴重な機会に,聴衆の関心も高かったようです.


国内企業と海外大学が「Technology Value Chain」で結ばれる理由


富士通研究所常務取締役 持田侑宏氏
 次に,演壇に立たれた富士通研究所の持田侑宏氏(右図)は,海外の元国立研究所の諮問委員などを歴任されたことで培われた「Technology Value Chain」,すなわち,人,技術がつながることで高い価値が発生する,という考えに基づいて講演されました.例えば,富士通研究所では海外研究所も含めるとその10%が外国人で占められていることや,ミュンヘン工科大学との共同研究が,ドイツ政府とのマッチングファンドで行われていることを説明されました.

 衝撃的だったのは,国内企業から大学への委託研究は,件数では国内:国外が3:1であるのに対し,研究費では1:6と逆転しており,結果的に日本の企業から海外の大学に,国内の2倍もの資金が投入され,より太い「Technology Value Chain」が実現されているという事実です.この理由として氏は,委託先の海外の大学や研究所でとられている施策をあげられました.マッチングファンドの仕組みや,最低研究費のみが保証され,成果によって上積みされる仕組み,そして日本では考えにくいことですが,大学学長のミッションとして大学の知識・技術のマーケティングがあり,企業に海外大学から常に熱心な売り込みがある,といったいずれも経験に基づいた貴重な具体例でした.

 ¢日本の大学も,技術を海外の企業に売り込む姿勢があってもいいのでは」という氏のわかりやすい提言は,今後の日本の大学のあり方の一つの切り口になるのではないでしょうか.男女共同参画も産学連携も,多様性を生かすという点で共通すると指摘し,「日本が科学技術の観点で世界に貢献するという姿勢が大切」と繰り返し訴えておられたのが印象的でした.


数物至上教育の限界,新カリキュラム「工学設計」とその効果


金沢工大教授 金原
 次は,ユニークな授業が一定の効果を上げていることで知られている,金沢工大の金原教授(右図)が登壇されました.氏の見解によれば,「“男女差”もあるが,“老幼差”も深刻である」とのこと.大学で教鞭をとる氏ならではのコメントで,盲点を突くものだったと思います.

 軽妙な口調で最近の学生の特徴を述べられたくだりでは会場に笑い声が漏れたりしましたが,現場に携わる氏の,学生の現状と教育の改変の提案は力強く,アンケートでも共感したというコメントが多数ありました.「Black Boxへの慣れ(How的思考に優れるものの,Why,Because的思考が欠如する傾向)」がある学生に,「数物主義を押しつける授業」では対応できなくなりつつあること,そして新しい教育の試みの一つとして,大学1年の秋課程に「工学設計」というカリキュラムを組み込んでいることを説明されました.

 これは,5〜6名からなるグループに,例えば“盗まれない傘”といった課題を与え,1週間ごとの成果報告を義務づけ,仕様書作成からプレゼン,給与配分までを一通り実施させるというものです.このカリキュラムによって,教員と学生とのコミュニケーションの発生,リーダーの発生,査定者/被査定者の経験,プレゼン技術の向上,といった結果が得られるとのことでした.

 締めくくりで,氏は「大学(水田)が提供した素材(種米)を,企業がご飯,チャーハン,リゾットなど特色を生かして活用してほしい」という企業へのメッセージを述べられました.


理系人はミクロに幸せ,マクロに不幸せ?! まず自らを客観視せよ


毎日新聞記者 元村有希子氏
 最後の講演では,「理系白書」の取材キャップを務めた毎日新聞記者の元村有希子氏(右図)から,理系人の「ミクロに幸せ(個人的な満足度は高い),マクロに不幸せ(給与や昇進はほどほど,成果報酬と研究費に不満)」な現状がデータとともに紹介されました.社長や大臣,事務次官という政策や待遇を決めるポジションで理系出身者の占める割合が低い,企業が求める研究者像(事業化意識,課題設定力,広い知識,コミュニケーション能力)と,研究者自身の理想像(粘り強さ,柔軟性,専門知識)との間にミスマッチがある,といった諸データに,会場からは思わずため息が聞こえそうでした.

 そんな理系の社会が,また圧倒的な男社会で,女性は学部生で37%を占めるものの,大学院生,助手,助教授と減り続け,教授に至っては8%と,世の中における理系人の状況と相似形を呈しています.中二女子の意識調査から明らかとなった「女性は数学ができなくてもよいという刷り込みがあること」,国立大学・国立研究所などの研究者ならびに組織長を対象とした調査で示された「男女間の待遇格差が存在するとの認識が男性側に乏しいこと」などの問題点も示されました.

 求められる理系人の姿として「課題を設定する力,それを解決していく知識と知恵,自分を客観視できる理性を備えること」とまとめられましたが,期待される資質は理系文系を問わないという結論とも受け取れます.アンケートからも,社会から見た理系の実態に興味が高いことがうかがわれました.


一筋縄ではいかない人材育成


パネルディスカッションの様子
 講演会の熱気はそのままにパネルディスカッションに引き継がれ進みました(右図).主に議論されたのは,(1) 産業界や元国立研究所などから大学へ,大学から産業界や元国立研究所などへ望むこと,(2) ゼネラリスト,スペシャリスト養成のための人材育成戦略,(3) 指導的立場の女性比率向上策,の3点です.東工大のAdarsh Sandhu氏,東海大の白石正氏,産総研の美濃島薫氏,東芝の渡辺美代子氏の4名のパネリストを中心に議論が進められました.

 (1) については,海外の大学のように即戦力を輩出せよとまでは言わないが,「砂漠の真ん中に放り出されても生きていけるような人(美濃島氏)」に代表される,“基礎学力+やる気”を求めるとの意見が多数だったのに対し,「成果主義と教育の両立が困難,卒業させるのが精いっぱい(フロア,大学)」という現状や,「女性と第2次ベビーブーマーに起業家精神が希薄(フロア,ベンチャー経験有)」といった,性差と世代差,すなわち,刷り込みや教育といった後天的なものに起業化精神が影響される可能性が示されました.

 (2) については,“π 型”と表現される複数分野の経験と,転身を許す土壌の大切さを述べる声が多かったものの,「研究に注力したい時期にマネジメントに転身させられる(美濃島氏)」,「学位を与えることを目標とするあまりに,転身の機会を奪い,学位の質を低下させ,本人の満足度も低い(フロア,大学)」といった実感を伴う意見があり,時期と判断基準の熟慮が大切であることが認識されました.

 (3) については,シンポジウム全体を通じた主流意見は「具体的な数値目標をあげる」というものでしたが,そのほかに「女性にも男性同様リーダーシップトレーニングをする機会を与える(白石氏)」,「積分型ではなく,微分型の評価を行う(渡辺氏)」,「女性の登用に関しては,個人の意識に頼るのではなく,組織的な対応が必要(美濃島氏)」といった提案がありました.

 中でも,「構成員が男性と女性で1:1,すなわち,女性を活用する土壌がある企業でROA(Return on Asset:総資産利益率)が最大になる」というデータや,「既存のシステムに満足している人(上長)は女性を登用するという決断をしない」という意見(いずれも渡辺氏)は,会場の関心を集めていました.また,「英国でサッチャー氏が支持されたのは,社会の方向を決め,社会の皆が理解できる言葉を使って説得したから(Sandhu氏)」というくだりは,男女問わずリーダーに必要な資質だと思います.

 パネルディスカッションでは,討論項目が多く,若干消化不良の感があり,アンケートにも同様なコメントが散見されました.これらさまざまな問題とその糸口に関して,継続して応物男女共同参画委員会で取り上げていきたいと思います.

 アンケートで「参加してよかった,有意義だった」と多数が答えているように,シンポジウム全体には高い関心が寄せられた一方,個々の講演時間や質疑応答,パネルディスカッションの時間が足りなかったという意見も多く見られました.また,内容自体は評価するものの,「散発的」,「評論でなく,具体化が必要」,「問題が大きすぎ」,「有識者によるデータの解釈をしては」,「成果はいつ出るのか」,「方向性を示してほしかった」といった,高い問題意識とシンポジウムの役目を問う真摯なご意見を多くいただきました.これらの貴重な意見を踏まえ,結成から3年が経過しようとしている応物男女共同参画委員会では,花火を上げるだけではなく,実をとるべき時期に入ったことを自覚し,活動を続けたいと思います.
 「既存の概念の打破は研究者・技術者の得意とするところです」
 男性女性を問わず,研究者・技術者の個々人がその能力を十分発揮することができる社会の実現に向けた,今後の委員会の活動にぜひご注目,そしてご協力ください.
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