応用物理学会
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以下の記事は 応用物理 第73巻 第12号 1578-1579ページ に 掲載されたものです。
【報告】
男女共同参画第6回ミーティング

若手からの提言
「多様化するライフスタイルとキャリアプラン」

電通大電子  中村 淳
東大生研 青木 画奈
 応用物理学会男女共同参画委員会では,過去2回にわたって秋のミーティングで若手の,特に任期付き技術者・研究者(いわゆるポスドク)の抱える諸問題について,男女共同参画の視点を織り交ぜながら議論を重ねてきました.2002年のミーティングでは「理想と現実」と題し,ポスドクの研究環境の現状と問題点について,5人の若手パネリストを招いてそれぞれの立場で議論いただきました1).また2003年は「多様なキャリアパス」と題し,企業からのパネリストも交えてポストポスドクの選択肢について議論しました2).これら過去2回のミーティングでは,ポスドクの抱える問題点は数多く浮かび上がってきたものの,それを解決するための具体的な提案,根本的な現状打開策までは必ずしも明確にできませんでした.そこで,今回の秋のミーティングでは「若手からの提言」と題し,過去2回にわたるポスドク問題の議論を総括するだけでなく,若手任期付き制度は今後どのようにあるべきかを,(自称)若手会員「自身」の口から「提言」として提案していただく,という新しい方法を試みました.「提言が1件も集まらなかったらどうしよう」という企画WGの不安もありましたが,幸い13件もの建設的な提言と2名のパネリスト応募があり,ミーティング開催にこぎつけました.この場を借りて,提言をお送りいただいた方々に感謝申し上げます.


会場の様子
 今回のミーティングは,秋季学術講演会会期中に東北大学泉キャンパスにおいて開催されました(9月2日 13:00〜15:30).総参加者数は53名(大学関係36名,独立法人系研究所9名,企業その他8名).まず応用物理学会の榊裕之会長のあいさつから,いきなりポスドク問題議論の火ぶたが切って落とされました.榊会長は,キャリアプランの中におけるポスドクの位置付けをしっかりすることが重要だという認識を示された後,まずポスドク制度の利点として,(1) 自分の研究の幅を広げることができる,(2) 自分で競争的資金に応募する必要がなく研究活動に集中できる,(3) ポスドク期間中に研究者としての自分の適性を見極めることができる,の3点をあげられました.一方欠点として,(1) 研究タームが短い,(2) プロジェクト研究などでは研究の方向性が決められており自由度がない,(3) 家族をもつなど生活基盤を確立することが難しい,をあげられました.利点をうまく生かしている例としてアメリカ型の制度を紹介されながら,ポスドク期間(スクリーニング)中に,自分の本当の適性を見極めることの重要性を強調されました.

 続いて,日本学術会議の後藤俊夫前応用物理学会会長(当日は代理として近藤高志男女共同参画委員長)から,学術会議における男女共同参画の取り組みについて報告がありました.その後,近藤委員長より,男女共同参画学協会連絡会が主体となって実施したアンケート(有効回答数は実に2万に上る)の解析結果3) について報告がありました.その中で,ポスドクに関連する興味深いデータとして,(1) 将来的に企業で研究開発に携わることを希望するポスドクが少ないこと,(2) 男性では将来研究室を主宰したいと考える人が多いが,女性では主宰するよりも,研究そのものを続けたいと考える人が多いこと,が紹介されました.

 過去2年にわたって,「ポスドク」に関連する話題を取り上げてきた男女共同参画委員会ですが,今もって「ポスドク問題って何だ?」という基本的な質問をよく受けます.「工学系にはポスドク問題は存在しない」と言い切る評論家もいるほどです.確かに,日本では研究者コミュニティ内でさえ「ポスドク」の正確な定義が共有されておらず,それがこうした素朴な疑問が生じる原因だと思われます.そこでまず,ポスドクとはどういった人たちか,を明らかにするため,電通大の中村淳(筆者,企画世話人)が,ポスドクとその制度の実態について,総合科学技術会議人材委員会などで集積されているデータをもとに,(1) ポスドクの分類(プロジェクト型,フェローシップ型,独立行政法人雇用型,国立大学法人型,その他非常勤型など),(2) ポスドク人口の推移,(3) 典型的なポスドク制度の紹介(日本学術振興会特別研究員),を行いました.また,筆者がポスドクを対象に行ったアンケート結果の紹介を行い,ポスドクの約8割は現状の研究環境に満足している一方で,将来設計には不安を抱いていること,キャリアパスの多様性を見いだしていないこと,などを報告しました.


パネリストのお二方
 次に,2名のパネリストを軸にパネルディスカッションに入りました.はじめは,情報通信研究機構の坂野井和代氏です.坂野井氏は,産休・育休制度がポスドク種別によって大いに異なっている現状に着目され,事実上多くのポスドクが「出産・失職」の構図の中で,長く仕事を続けることに対する不安を抱いていることを強調されました.特に,非常勤型ポスドクでは,産休・育休の取り決めすら定かでない場合が多いことを指摘されました.こうした現状を踏まえ,妊娠中・子育て中の,(1) 勤務時間の柔軟性,自宅勤務の認定,(2) 任期付きポストの公募段階での年齢制限の撤廃,に加え,(3) 総雇用人数における女性比率を行政指導のもと設定して欲しい,といった提言を提案されました.続いて,産業技術総合研究所の安田哲二氏より,ポスドクの雇用環境とキャリアパスの多様化の重要性が訴えられました.氏はまず,博士課程に在籍する学生数(供給)と,大学・研究所における研究職の需要がまったくバランスを欠いていることを指摘されました.しかし,氏によれば,日本は国際的に博士を作り過ぎているわけでは決してなく,特に産業界などへのキャリアパスが極端に少ないことが原因であるとのこと.そして,問題解決のためには,あらゆる立場の人たちの意識改革が必要であるとの見解を示されました.すなわち大学の博士課程においては,まず博士号取得後のキャリアパスが教育職・研究職に限定されるものではないことを大学の教師,学生とも意識を共有すること,ポスドクにあっては,研究の実地経験を積んだうえで,例えば「科学技術のわかる弁護士」「特許審査官」「ベンチャーキャピタリスト」といった,Interdisciplinaryな職種を目指すといったキャリアパスの選択肢があることを雇用者ともども認識する必要があることなどを訴えられました.

 パネリストの講演・提言を踏まえた総合討論の場では,ポスドクの処遇がどうあるべきかについて多くの意見が出されました.特に,「雇用する側とされる側はgive and takeの関係」「しかし,give and giveになってしまっている現状がある」といった,雇用者側の意識が低いという指摘とともに,「ポスドク自身も自分の立場に甘んずることなくブラッシュアップをはかるべき」との意見が出されました.企業からの参加者からは「企業にもポスドクの人材を知らしめるべき」「ポスドクも企業の求める人材像をリサーチすべき」といった意見が出されました.一方,これから博士課程に進もうという学生の方からは,「ポスドクの実態はなかなか知らされない」「もっとポスドクに関する情報が欲しい」といった要望も出されました.

 議論の途中,東大生研の青木画奈(筆者,もう一人の企画世話人)が,電通大レーザー研を例に,ポスドク採用により研究のアクティビティーが飛躍的に高まった例を紹介しました.ポスドク等1万人計画後の「若手の貢献」を示す心強い結果でしたが,こうした「政策の評価」はそもそも行政レベルで積極的に進められるべきです.

 予定の終了時間を30分以上超過し,議論も尽くせぬままタイムリミットとなったことが惜しまれながら,最後に,青木により議論がまとめられ提言が提案されました.(i) 雇用者側の意識改革(年齢制限撤廃,産休育休に伴う任用期間延長,女性の労働力の活用など),(ii) ポスドク側の意識改革(自分を売り込む努力,広い視野を身につけるなど),が必要であること,(iii) ポスドク所轄機関はポスドクの実態を正確に把握しキャリアパス確保のための政策的・経済的支援策を早急に講じるべきであること,などが提言として提案されました.

 本報告では,紙面の都合上,議論の子細や提言の具体的内容までは紹介できませんでした.これらは,寄せられた提言と合わせて応用物理学会のウェブ上4)にて随時公開してまいります.是非ともご覧ください.また,ウェブ上にて本委員会あてのe -mailアドレスを掲載しております.会員の皆様と委員会をつなぐホットラインとしてウェブページともどもご利用いただけましたら幸いです.

 当日総合司会をお引き受けくださった大橋良子氏,記録を担当戴いた雨宮千夏氏,庄司一郎氏,お手伝い戴いた筑本知子氏,瀬山倫子氏,丸山晃一氏,応物事務局の伊藤香代子氏,および陰に陽にご支援いただいた近藤高志委員長,高井まどか氏をはじめとする男女共同参画委員会委員,サポーター各位に深く感謝いたします.

1) 高井 まどか,葛西 直子,尾鍋 研太郎:応用物理 72,113 (2003).
2) 高井 まどか,川原田 洋,中村 淳,青木 画奈:応用物理 73,250 (2004).
3) http://annex.jsap.or.jp/renrakukai/
4) http://annex.jsap.or.jp/gender/2004im/
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