応用物理学会
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以下の記事は 応用物理 第72巻 第7号 931-932ページ に掲載されたものです。

男女共同参画シンポジウムを終えて

研究者・技術者の評価制度と多様化する価値観で議論沸騰
応用物理学会男女共同参画委員会 春のシンポジウムWG
NEC 五明明子 ニコン 大木裕史
日立 波多野睦子 横国大 荻野俊郎
(文責大木裕史)
図1 会場でのアンケート
回答者の属性
 これはもう,実に面白いシンポジウムだったのではないでしょうか.示唆に富んだ講演があり,本音の飛び交う討論があって,真剣に問題意識をもっている人にとっても,たまたま好奇心で覗いてみた人にとっても満足のいく内容だったと思います.白熱する議論の種はまだたくさんありますし,皆様からの多種多様な意見の供給は当委員会にとって最も重要なエネルギー源です.男女共同参画委員会の今後の企画にぜひご注目ください.
 さて,そのシンポジウムですが,開催日時は3月28日午後1時半から5時半,入場者総数は108名で定員100名を上回る盛況でした.今回のテーマは「多様化する技術者・研究者のスタイルと価値観」,副題が「日本の技術競争力を強化する評価・制度とは」です.一見,男女共同参画と直接関連が薄いテーマに見えますが,「男女」というキーワードにあまりこだわらないのが応物の男女共同参画委員会の特徴です.めざすのは科学技術の発展であり,そのための男女共同参画のあり方をえるという順番です.技術者・研究者の意欲をいかに向上させるか,という問題は,科学技術の発展をえるうえでもおそらく最も重要なものの一つであり,そこに評価・制度が抜き差し難く絡んでいます.さらにこれに(特に若い世代の)価値観の多様化という要素が絡んでくるので,問題の解答を見いだすのは容易なことではありません.その意味で今回のシンポジウムはこの錯綜した問題を解くカギを探すことにある,といえると思います.
 今回は人事評価制度にも関連する内容ということで,会場でのアンケート回答のうち半数が助教授・課長以上の役職者でした.また,男女別では6割が男性,当委員会の活動に関心のある人が85%を占めました(図1).
 シンポジウム前半は後藤応物会長あいさつ,小舘応物男女共同参画委員会委員長の年間活動報告,および同委員会の高井まどか氏による昨年秋のミーティング関連の報告があり,これらに引き続いて4名の方々が講演をされました.まず国連大学副学長の鈴木基之氏は「国連では男女共同参画はもう当たり前のことですが」という切り出しで,将来に向けた質の異なるパラダイムをいかに築いていくかが問題と述べられました.また「世界が有限である以上成長がいつまでも続くわけはなく,いずれ平衡に至るのは理の当然」「これからは将来予測を現状から外挿してえてはだめ」など,さすがに地球規模,スケールの大きな指摘がありました.
 次に演壇に立った東大教授・神野直彦氏の話には,思わず引き込まれた人も多かったことでしょう.日本の年間自殺者が3万人を超え,その65%が団塊世代の男性.この事実を前に,経済的負担の理由から結婚拒否の男性が急増しているそうです.「死を覚悟しなければ結婚できないのだから当然」であり,この不況下にあって結婚は「死をも覚悟した愛が試される」という,一見途方もない論旨が教授の話を聞いていると唐突には聞こえず,何ともとんだ時代になったものです.
 文部科学省学術政策局計画官の伊藤洋一氏は,今回のテーマに合わせ国の研究開発に対する戦略,体制,評価制度などについて非常にわかりやすく説明されました.特に女性の人材登用に関する委員会やその活動報告にも触れられ,シンポの趣旨に密着した多くの情報を得られたことはとても有益でした.
図2 会場での討論風景
 最後の講演者となったNEC ソフトの内海房子氏は,豊かな教養としっかりした判断力を感じさせる方で,執行役員にまでなられる女性はこうなのかと納得.懇親会ではお酒でかなりアクティブになられることも判明しこれも素敵です.講演ではNEC ソフト社の例をあげて女性技術者の現状について具体的なデータをもとに話をされ,特に女性の早期退職傾向について「女性自身のキャリア意識の不足と,女性を取り巻く環境の女性への期待不足が大きな原因」との見解を示されました.
 後半のパネル討論では4名のパネリスト(東大教授・榊裕之氏(応物副会長),日立中研所長・西野壽一氏,NEC ソフト執行役員・内海房子氏,富士通カンタムデバイス・堂免恵氏(当委員会委員))に壇上に上っていただきましたが,終始議論の流れを作ったのは,若い堂免恵氏(女性)でした.氏の歯にきぬ着せぬ発言は大変に好評だったようで,アンケート結果でも断トツの人気です(図2).
図3 シンポジウムの感想
 討論内容はまず,上述の堂免氏が大学関係者に「産業における科学技術に貢献した自負がおありか?」という震度7クラスの質問からスタートしました.研究開発における大学と企業の役割についての議論ですが,これには榊教授,さらに会場から応物会長の後藤教授,宇都宮大の阿山教授をはじめとする方々が応答され,「質の高い人材育成こそ大学の使命」「企業で基礎研究は無理」「大学は,より広く社会に成果還元することをえるべき」「企業も技術の囲い込みをなくすこと」などの意見が飛びましたが,やはり「大学も企業も互いの立場・特性の違いをよく理解し認め合うことが肝要(文部科学省・伊藤氏)」という見解に行き着いた感があります.
 次の話題は,今回の副題でもある科学技術者の評価制度について.これも,堂免氏の「成果主義は成果を出せない人のやる気をなくすものでは」という指摘を受けて,西野氏らから「日本の人事評価制度は欧米より5年は遅れて」おり,「マネージャーはもっと勉強すべし,だが,個々の技術者も課題を自分で形成すべきである」こと,さらに「不況下にあっては成果を出せない人に対し,それなりの評価しかできない」という意見がありました.このあたりは皆正論で難しいところです.実際,アンケートの結果を見ても,評価制度については「成果主義を発展させよ」という人から「成果主義は破たんする」という人まで見られ,それ以外にも重要な評価要素として多様性,客観性,人材育成の観点,創造性の評価,など実に多岐に及ぶ項目が指摘されています.しかし,討論の終盤近く会場から発言した大手企業産休明け女子社員の「上司から君の評価はゼロだといわれました.ゼロです.それで私,やる気をなくしたんです」という訴えは,いずれにしても管理職のより高いマネジメントスキルが要求されていることを裏づけていると思います.
 最後の話題は直接男女共同参画に関するもので,堂免氏の「女性技術者の多様化に対応したいろいろな制度を設置すべき」という指摘から始まりました.時間のため残念ながら途中打ち切りとなってしまいましたが,内海氏の「制度は必要であろうが,職業意識の高い人と低い人の共存は難しい」という結論はアンケートにも共感を記された女性があり,大方の聴衆に納得のいくものだったのではないでしょうか.
 熱気のこもったパネル討論はアンケートでも8割の人が「よかった」という評価で,予定終了時間を30分もオーバーしたにもかかわらず時間不足と答えた人が4割近くに達したのは,議論の盛り上がりを象徴するものと思われます(図3).個別の議題に関するひとまずの結論は上に記したとおりですが,冒頭に記したとおり,今回のシンポジウムは一日の議論で問題の解決を見ることができるようなものではありません.ただし,そのためのカギはいくつも提示されました.おそらく多くの参加者の方々が,それぞれに,それなりのカギを見つけ,拾ってお帰りになったことと思います.さまざまな意見を目の当たりにすることで異なる立場の人々に対する理解が深まれば,やがて方を塞いだ霧も緩やかに晴れて,共にめざすべき方向が次第にはっきりと見えてくることでしょう.当委員会も,今回のシンポジウムで得た貴重な意見をしっかりと受け止め,咀嚼し,今後の活動に反映させながら,「皆のほんとうのさいわい(宮沢賢治)」をえていきたいと思っています.では,また,次の会合にてお会いしましょう.


【関連資料】応物誌 6月号 講演会報告 p.778, HP http://www.jsap.or.jp/)
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