応用物理学会
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以下の記事は 応用物理 第72巻 第2号 250-252ページ に掲載されたものです。

男女共同参画第5回ミーティング
「若手技術者・研究者の多様なキャリアパス」を通して

東大院工 高井 まどか 電通大電子 中村 淳
早大理工 川原田 洋 東大生研 青木 画奈

1. まえがき
表1 第5回ミーティングプログラム
司会 川原田洋(早大理工)
1. あいさつ
 応用物理学会会長 後藤 俊夫(名大工)
2. 活動報告
 男女共同参画委員会委員長 小舘 香稚子(日本女子大理)
3. ポスドク・任期つき技術者/研究者の現状と将来像
 中村淳(電通大電子)
4. パネルディスカッション
 パネリスト(50音順)
  石崎 忠夫(日本学術振興会総務部研究者養成課長)
  川合 真紀(理化学研究所主任研究員)
  中村 和夫(NEC基礎研究所量子情報TG研究部長)
  蒲生西谷 美香(東洋大学工学部応用化学科助教授)
  長岡 克己(物質材料研究機構ナノマテリアル研究所研究員)
5. まとめ
 高井 まどか(東大院工)
 現在,日本には任期を背にして日々の生活を過ごしている10,000名以上の若手研究者がいる.そもそもポスドク・任期つき制度の導入経緯は研究活動の活性化にあるが,実態はいかなるものなのか? ポスドク・任期つき職の研究者は,現在の研究環境に満足しているのか? これらの疑問を解き明かす糸口として,昨年の秋季講演会中に「若手技術者/研究者の理想と現実」というテーマで第4回ミーティング1)を開催した.若手のポスドク・任期つき経験者をパネリストに迎え,研究環境の現状について率直な意見交換を行ったところ,多くのポスドクが現在の研究環境に満足しているが,その後の就職先に不安を感じているという実態が浮かびあがった.つまり,ポスドクの定員数の増加によって,ポスドク・任期つき研究者の受け入れ先が狭き門となってしまっているようである.今年度の秋季講演会中(2003年9月1日(月)12:00〜14:30,福岡大学キャンパス)に開催した第5回ミーティングでは,前回の結論「若手技術者・研究者は,研究環境に満足しているものの,次の就職に不安を感じている」を踏まえて,ポスドク・任期つき研究者のキャリアパスに議論の焦点を絞った.若手技術者・研究者の将来への不安をなくし,理想の研究生活を実現するために,ポスドク・任期つき研究者は,現状の制度の中でどのように自分をブラッシュアップし,キャリアアップしようと奮闘しているのか? マネージャーからみた理想のポスドク像とは? 現若手とマネージャーが,それぞれの立場で今何をすべきかを,多彩なキャリアをもつパネリストを迎え議論した.ここでは,第5回ミーティングの模様を紹介し,ポスドク・任期つき職の未来像を探ることとする.

2. ミーティングの模様
図1 第5回ミーティングの会場にて
 会は,応用物理学会,後藤会長による挨拶で始まり,続いて男女共同参画委員会,小舘委員長から,委員会発足の経緯から最近の活動内容までの紹介があった.
 男女共同参画委員会が企画するミーティングは毎回本音が飛び交う白熱した雰囲気に包まれるが,今回は男女共同参画委員である中村氏の発表によって議論の口火が切られた.最初に,ポスドクの研究環境,特に現状と将来像について,現ポスドクを対象として実施されたアンケート結果についての紹介があった.氏がポスドクをしていた1995年ごろと比べ,現在は,ポスドク・任期つき制度の拡充により,ポスドクの待遇は改善されていること.その結果,研究者を志す若者は,自分のスキルアップのために,ポスドクのポストをポジティブに選択している割合が高いこと.さらに前回のミーティングで議論となった仕事に対する満足度,任期つき制度に対する不安が,今回のアンケート結果から,数値としてより明確化され,80%以上の人が不安をもって仕事をしていること.さらにそのうちの約76%の人が,ポスドク後はパーマネントの職につきたいと希望していることなど有意義なアンケート結果が得られた.
 このようなアンケート結果を踏まえて,パネルディスカッションでは,各パネラーにキャリアアップと流動化について講演をいただいた.
 まずはじめに,学術振興会の石崎氏から,学振でのポスドク制度の位置づけについて,以下のような説明があった.現在のポスドク制度を,人材の流動化の一環と位置づけていること(90%以上のポスドクが出身研究室と異なる場所で研究を行っている).学振のポスドク制度は,フェローシップ型の特別研究員制度であり,科学技術庁のプロジェクト型(雇用型)の制度と異なり,自由に研究を行うことを前提としていることから,社会保障をもたない制度であること.今後特別研究員(スーパーポスドク:SPD 等)の充実も行う方針であること.このようなポスドク制度をより充実させる方針を学振から示されたことは,若手技術者・研究者にとって,大変興味深い内容だったと思われる.
 次に,東洋大,助教授の蒲生(西谷)氏から,ご自身のキャリアアップに向けて努力された経験が紹介された.氏は,民間企業に数年勤務し,その後,(旧)無機材料技術研究所の外来研究員としてダイヤモンド薄膜の研究に携わり,企業に勤務しながら学位を取得した.その後,企業においてダイヤモンドの研究ができない環境となったため,企業を退職し,ポスドク,筑波大の講師を経て現職に至っている.蒲生氏は,特に産・官・学において研究活動の場をもてたことにより,ポジティブ思が身についたことを強調され,研究の場所を移動することがキャリアアップに欠かせないという意見を述べられた.
 次に,理化学研究所,主任研究員の川合氏より,いち早くポスドク制度を取り入れ,成果があがったことで知られている理研のポスドク・任期つき制度の現状について詳細に説明があった.現在,3000名の在籍研究員のうち,パーマネントの職は400名であり,それ以外の人が任期つき雇用となっていること.特に,時限つき研究機関(脳科学,ゲノムサイエンスなど生物・医学系)が2000年を境に発足し,任期つき研究員が1300名程度在籍すること.そのうち600名程度はポスドク(理研基礎科学特別研究員など)として研究を行っていること.また,この制度を利用したポスドク研究者の次の職として,パーマネントの職につく人だけでなく,任期つきの職につく人も多いこと.つまり任期制は,もはや若者だけのシステムではないこと.最後に,現在の社会保障制度では,転職した人ほど生涯賃金が低く,損をするシステムとなっているため,流動性すなわち活動度を保障する社会保障システムの導入が必要であることを強調された.
 物質材料研究機構の研究員である長岡氏は,海外でのポスドク経験について報告された.長岡氏は,学位取得後,海外で研究を行いたい,という強い意志があったにもかかわらず,希望研究室の教授に給与が払えないという理由で断られた.しかし学振などから研究助成金を集め,1年半分の資金を用意し,希望研究室での研究を実現させた.また日本での就職は,国際会議で積極的につくった知り合いからの紹介だったことなど,何事にもあきらめずにチャレンジすることが,成功へのきっかけとなることを体験談として紹介され,参加した若手研究者に刺激を与えた.さらに,国内の特別研究員の定員枠を増加するだけでなく,海外派遣研究員の枠を拡大することが,流動化,国際的研究者を育成するうえで重要だとコメントされた.
 最後に,NEC 基礎研の部長をされている中村氏より,NEC 基礎研でのポスドク研究者の取り扱いについて報告された.基礎研に勤務する研究者のうち,約10%がポスドクで,ポスドク経験者の中途採用も比較的多いこと.企業研究の特色としては,蒲生氏の話にもあったように,研究領域のスペクトルの広さ,時代のニーズと適合した研究ができる点であること.また,企業で必要とされているポスドクのタイプは,着想力・自主性に富み,特性分野に優れた「自己アイデア実現執念型」であること.また技術経営的な素養をもつ人材も必要であり,今後企業では,そのような特色のある人材を中途で採用する枠を拡大していく方針であるということについても報告された.
 パネルディスカッションは,司会者の川原田氏から,人材の流動化が活動度の向上に結びつく理由についてご意見を,という問いかけから始まった.パネリストの川合氏は,流動性はよいことで,特に企業との行き来ができることは,実社会に対する研究成果の貢献度を知ることにつながる,という意見を述べられた.流動化はよいが,ポスドク後の受け入れ先について,国はどのように対応していくのか,という問いかけに対しては,早稲田大学の大泊教授から,ポスドク10,000人に対し,5,000人の受け皿を作る方針があることが紹介された.さらに研究者の最終的な頂点(ポスト)が,大学教授だけでなく,連携教授のようなポジション,さらにスーパーテクノロジーオフィサー(STO )のような専門職教授が必要であり,実際にこのようなポストが検討されていることを紹介された.また,応用物理学会副会長,東京大学の榊教授から,日本では,アカデミックなポジション以外はドロップアウトのような意識が強いのに対し,欧米では,企業への就職率や起業化率が高いことが紹介され,科学技術政策への参画の重要性も指摘された.このように制度改善に伴う新規ポストの増加と,個人および社会の意識改革を行うことが,流動化においては大変重要であるとことが,両氏により指摘されたと理解できる.
 議論の後半では,出席者の学生から,最終的なポジションが大学と限らず,企業という選択肢もあることがわかった,という意見が出された.今回のミーティングでは,若手技術者・研究者に,多様なキャリアパスがあることを知ってもらうことが一つの目的であったため,企画側として,出席者にそのような意識をもってもらえたことは収穫であった.まとめは,著者(高井)が行った.私からは,ポスドク後の将来不安をなくすために,ポスドク制度だけでなく,さらにポストポスドクの制度を含めた,任期つき制度を改善すべきだという意見を述べた.しかし,任期つきの研究環境整備や,社会保障制度の改善などだけでなく,特に学位取得後は,さまざまな研究機関で研究を行うことで,自分自身の研究者としての幅を広げることが必要なことも加えた.また,流動化には,企業でのポスドク採用,中途採用状況などの情報をオープンにし,企業でも十分活躍できる場があることを,学生および学位取得後の若手研究者に認識させることが必要だと,コメントした.
 今回のミーティングでは,約60名を超える参加者により,予定時間を30分以上超過して活発な議論が行われた.ここでは,ご参加いただいた方々から貴重な意見のすべてを載せることができなかったが,いただいた貴重なご意見は,今後の活動を行う際に生かしていきたい.

3. ポスドク・任期つき研究者の未来
 第5回のミーティングでは,多くの若手技術者・研究者(ポスドク・任期つき研究者)が抱いている将来不安に対し,企業,大学,研究所が,それぞれの立場で必要とされる人材について回答した結論となった.どこの研究機関においても,ポスドク・任期つき研究者の採用を拡充している現状,またますますその傾向が強まっていることが認識できた.これは,ポスドク枠の拡大によって研究活動の活性化がプラスに働いたことを意味していると思われる.社会は,ポスドク・任期終了後の行き先に対し,新規ポストの導入を行うことによって,雇用機会を増大することを本格的に思しはじめている.また,ポスドク・任期つき研究者の多くが,現状の研究環境に満足しているという,その研究活動意欲を次につなげるために,つまり,就職難ということで研究意欲を消失させてしまわないように,社会全体(産学官)は,徐々にではあるが流動化の体制を整えつつある.より積極的に流動化社会における社会基盤システムを整備することを進めて欲しいが,重要なことは,若手技術者・研究者の意識で,流動化が自分自身のブラッシュアップにつながることを認識することであると思われる.
 今春の応用物理学会講演会期間中,第3回シンポジウム(タイトル:科学技術立国で活きる人材“産・学・官”における未来型人材育成)を企画している.シンポジウムでは,流動化によってもたらされる研究環境と,そこで生きる人材について議論する予定である.ぜひ多くの方にご参加いただきたい.
 本稿をまとめるにあたり,議事録の作成にご尽力をいただきました早稲田大学大学院理工学研究科,ナノ理工学専攻の渡邊孝信客員講師,会議当日の写真およびビデオ撮影に御協力いただきました日本女子大小舘研究室の清水助手ほか研究室の学生の皆様,また,男女共同参画委員会第5回ミーティング実行委員の大木,小田,Sandhu ,美野島各委員に深く感謝致します.


1) 高井まどか,葛西直子,尾鍋研太郎:応用物理 72,113(2003).
2) 男女共同参画委員会アンケート企画グループ:応用物理 71,510(2002).
3) 近藤高志:応用物理 72,221(2003).
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