応用物理学会
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第1回(2000年度)応用物理学会 業績賞

第1回 応用物理学会業績賞(研究業績)

件 名:半導体レーザーの開発と光接続ICの提案
受賞者:林 厳雄


 今日のIT革命を支える光ネットワーク技術、光記録技術の進展は、高信頼半導体レーザーの実現に拠るところが大きい。注入型半導体レーザーの誕生は、1962年に遡るが、低温(77K)パルス動作が可能なだけで、実用レベルからは程遠い状況が続いた。このような中で、林氏は、その当時Bell研究所のDirectorであった J. K. Galt氏の薦めで、半導体レーザーの室温連続発振を目指した。林氏は、共同研究者の M. B. Panish氏と結晶成長やデバイス構造に関し数多くの試行錯誤を繰り返し、その過程で、液相成長法で作ったAlGaAs/GaAsヘテロ接合界面が、フォトルミネッセンス測定で“よく光る(欠陥がほとんどない)”ことを発見した。これがきっかけになって、シングルヘテロ型半導体レーザーに到達し、さらに検討を重ねて、キャリア閉じ込めと光閉じ込めが共に優れたダブルヘテロ型構造で、半導体レーザーの室温連続動作に成功した。この結果、低損失ガラスファイバーの実現と相俟って、大容量光通信技術が実用化されるに到った。また、小型低価格レーザー光源の実現により、CD、DVDなどの新しい記録メディアが誕生した。
 林氏はその後、光接続技術を用いた超LSI、すなわち、光電融合集積技術の研究を展開した。この中で、マルチGHzクロック時代に深刻になるチップ間、チップ内の配線遅れとこれに伴う速度、消費電力の壁を突破するために、光接続並列プロセッサアーキテクチャや、3次元集積回路構造、これらを実現するための導波路方式光接続などの概念を精力的に提唱した。関連した材料プロセス技術に関しては、大口径高品質GaAs結晶技術や、Si基板上の格子不整合エピタキシー、真空一貫プロセスなどの先駆的な研究をリードし、新しい研究分野を開拓した。光接続技術は、エレクトロニクスにパラダイムシフトをもたらすもので、林氏の先駆的な研究成果をベースに、今後幅広い挑戦が続くものと期待される。
 林氏の半導体レーザー、先端エレクトロニクス分野における上述の功績は、内外から高く評価され、朝日賞(1986)、IEEE David Sarnoff賞(1988)、Marconi Fellowship賞(1993)など多くの表彰を受けた。また、林氏の人柄から、氏を中心に企業、大学の枠を超えてオプトエレクトロニクス研究者の輪ができたことは、わが国がこの分野で世界をリードし、国際的な人材を数多く輩出することにつながった。これらの功績は、応用物理学会業績賞(研究業績)にふさわしいと考えられる。

林 厳雄(はやし いづお)
1922年生まれ。1946年東京大学理学部物理学科卒。1946・55年同大学理工学研究所助手、マイクロ波研究。1955・66年同大学原子核研究所助教授、加速器設計、放射線測定器の研究。1963年渡米、MIT研究員を経て、1964年ベル電話研究所研究員、化合物半導体発光素子研究に入る。1970年半導体レーザー室温連続発振達成。1971・82年日本電気中央研究所フェロー、半導体レーザー実用化の基礎研究指導(レーザー長寿命化達成他)。1982・87年光大プロ、光技術共同研究所(Technical Director)、OEIC基盤技術研究(1)、研究指導1987・92年光技術研究開発(株)つくば研究所所長、OEIC基盤技術研究(2)、研究指導。1992・93年同取締役研究主幹。



第1回 応用物理学会業績賞(教育業績)

件 名:科学者宇宙飛行士として宇宙環境利用の普及教育活動
受賞者:毛利 衛

 毛利氏は講演会、書籍、雑誌記事など非常に多くの機会を通して若者たちに宇宙が身近な存在であること、宇宙が科学研究の場としてどんなに優れておりかつ有用であるかにつき語りかけ若者に将来に対する夢と希望を与えてきた。
 同氏は、北海道大学工学部助教授として真空表面科学および核融合炉壁材料に関する研究と教育に従事したが、1985年、宇宙飛行士に選ばれ宇宙開発事業団に入社した。1992年にはスペースシャトルを用いた第一次材料実験(ふわっと'92)の搭乗科学技術者に任命され、日本ではじめての科学者宇宙飛行士として同年9月スペースシャトルにおいて多くの材料・ライフ実験を実施した。また、“ふわっと'92”の実験を実施するかたわら、スペースシャトル内で独自の理科実験を行ない、地上との交信を交えた「毛利さんの宇宙授業」により子供たちを含め日本の沢山の若者をテレビの前にくぎ付けにした。このように宇宙に対する大きな興味を引き起こすことが可能であったのは、毛利氏が単なる宇宙飛行士ではなく、科学者としての宇宙飛行士であったからであり、それゆえ日本の多くの子供や若者が科学研究の場としての宇宙を学び、それが遠い存在ではなくわれわれにも非常に身近な場であることを感じたからである。
 地上に戻ってから、日本のみならず世界的にも広く講演、雑誌等を通じて宇宙実験の成果と宇宙実験の意味、今後の展開の可能性について語った。講演回数は宇宙開発事業団が公式に受け付けたものだけでも204回、参加者の総数は26万5千名にものぼる。この他に、私的な時間を用いておこなった講演数も非常に多い。このような場を通して宇宙環境利用に関する普及・教育活動に巨大な貢献をした。今年の7月より科学技術振興事業団の日本科学未来館館長に就任するが、宇宙にかかわる材料科学、生命科学、環境科学など21世紀の基礎をなす科学を含め、科学全般に対する若者の興味を引き出すための大きな力になるものと期待される。
 以上、日本における初めての科学者宇宙飛行士の体験から日本のみならず世界の学生・若者に科学の面白さと重要性を教え未来に対する夢と希望を与えた功績は大きく応用物理学会業績賞(教育業績)にまことにふさわしい。

毛利 衛(もうり まもる)
宇宙飛行士。1948年北海道生まれ。北海道大学理学部化学科卒。同大学大学院理学研究科修士課程修了。理学博士(南オーストラリア州立フリンダース大学大学院)。北大助教授を務めていた85年、NASDAの搭乗科学技術者に選定。92年スペースシャトル「エンデバー号」に日本人初の科学宇宙飛行士として搭乗、「宇宙授業」を実施。2000年2月「エンデバー号」にミッション・スペシャリストとして搭乗。同年10月、日本科学未来館館長に就任。著書に『毛利衛、ふわっと宇宙へ』(朝日新聞社)『宇宙の風』(朝日文庫)など。

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